第76話「隠しタレント」
ようやく諸改革が軌道に乗って王都に治安が回復した頃、ハルトは久しぶりに王城に呼ばれていた。
どうやら、ラウール王より今回のご褒美をいただけるらしい。
エリーゼや部下たちを連れて王の間の前までくると、そこでミンチ伯爵と会ってしまう。
「あ、ミンチ伯爵……」
さすがにハルトも、ちょっと顔を合わせるのが気まずかった。
自分に協力すれば大英雄になれるなどとあることないこと吹き込んで、ちょっと騙したような形になってしまったからだ。
勝手に暴走したミンチ伯爵だって悪かったのだが、体のいい囮にしてしまったのは事実だし、結果的にミンチ伯爵の主君であったオズワールは廃嫡されて遠島となっている。
それなのに、ミンチ伯爵は満面の笑みでハルトの肩を叩く。
「おお、軍師ハルト。これを見てくれ、ラウール陛下より新しい勲章をいただいたのだ!」
「そうなんですか」
そういうミンチ伯爵の胸にはすでに所狭しと勲章がたくさんぶら下がってるのだが、まだいるんだろうか。
ハルトなど、前回もらった勲章なんてどこにやったか忘れているほどだ。
「それだけではないぞ。なんと、私が王国南方軍を指揮する将軍に任じられることとなった。これも全ては軍師ハルトのおかげだな、感謝するぞ!」
「はぁ?」
おっと、思わず「はぁ?」とか言っちゃったとハルトは口をつぐむ。
この時のハルトには知る由もないが、色々と失点も多かったミンチ伯爵が王国南方軍の司令官に任じられたのにはわけがある。
ミンチ伯爵のこの異例の出世は、今回の王都の内乱で我関せずを決め込んで日和見に走った門閥貴族たちの意向だったのだ。
ルティアーナ王国では現在、ラウール王を
いいとこなしの門閥貴族たちは、王国軍に自分たちの影響力がなくなるのを恐れたのだ。
しかし、いいとこなしの自分たちには功績がないので口出しできない。
そんな折、ハルトとともに王都を救うために戦った門閥貴族が一人だけいたことに気がついたのだ。
それがミンチ伯爵だった。
門閥貴族たちは、ミンチ伯爵を救国の英雄と持ち上げることで、自分たちの影響力がゼロになることを辛うじて防いだのだ。
これは、ハルトですら予想できなかった展開である。
「オズワール殿下の後釜に座るようで心苦しいが、ワシもより一層王国のために尽くす所存だ。どうか今後もよろしく頼む」
まったく心苦しいなどと思ってないのがよくわかるニヤニヤした顔で、よろしく頼むとか言われてもハルトも苦笑するしか無い。
ミンチ伯爵からしたら、自分が出世できたらもうなんでもいいのだろう。
こうなってしまった以上ハルトとしてもどうしようもないので、しょうがないなと差し出された手を握った時にゾワッとハルトの背筋が凍った。
ミンチ伯爵の頭上に、『類まれなる幸運』の文字が浮かび上がったからだ。
同時に、ハルトは転生した時の女神ミリスの言葉を思い出す。
『……女神に選ばれし子には、
『卓越した知性、類まれなる幸運、抜きん出た人望、衆に優れた器量……』
なんと、誰がどう見ても無能な門閥貴族であるミンチ伯爵が、女神に選ばれた
「どうしたのだ。ワシの顔になにかついてるか?」
不思議そうに立派な髭を手でこするミンチ伯爵に、ハルトは慌てて誤魔化した。
「いえいえ、王国南方軍の将軍になられたんですよね! ご活躍にふさわしい地位かと、就任おめでとうございます!」
「ウハハハ! ワシがこれほどの大役を仰せつかったのだから、きっと軍師ハルトにも陛下より大きなご褒美をいただけるだろうから、楽しみにしておくといいぞ」
そう一人でひとしきり笑うと、ミンチ伯爵は楽しそうに去っていった。
ハルトは以前より、ラスタンやルクレティアの
しかし、なぜこの時までミンチ伯爵の
「心のどこかで、ミンチ伯爵のことを軽視してたからでしょうかね……」
後から順を追って考えれば、ミンチ伯爵の周りで巻き起こる悪運としか言いようがない偶然の連続は異常だと思える。
それなのに、油断とは無縁のハルトですらミンチ伯爵の
ルクレティアやミンチ伯爵は、とても有能な将軍とは言い難い。
だが、その常軌を逸した行動力は、時に優秀な策略家の予想を覆すことがあるのも事実だった。
ミンチ伯爵が
もしかしたら、この人事はあながち間違ってないのかもしれない。
バルバス帝国の侵攻に対して、もしかしたらミンチ伯爵は思わぬ武器になるかもしれない。
「まあ、どう転んでも諸刃の剣でしょうけどね」
そんなことも、ハルトは関係ない立場だからいえるわけで。
王国南方軍でミンチ伯爵の下につく幕僚たちは、すごく苦労しそうだなとも思うのであった。
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