第64話「ここを耐え抜けば」
姫将軍ルクレティアが指揮する反乱鎮圧軍は、左右に幅広く陣を広げたがゆえに薄い中央陣に敵の攻撃が殺到した。
鎮圧軍の歩兵二万五千と、反乱軍の歩兵十二万五千のぶつかり合いである。
中央だけみれば、五倍もの兵力差があるのだ。
ルクレティアがいる中央本陣の戦いは、まさに熾烈を極めた。
槍と槍、盾と盾がぶつかり合う鈍い音が、所々で響き渡る。
両軍がぶつかり合うたびに、兵の命が削られていく。
騒音と混乱、うだるような熱気に包まれる戦場で、ただ一人ルクレティアだけが冷静であった。
「みんな耐えて! 王国兵士の名誉にかけて耐え抜くのよ!」
五倍の敵を前に苦戦する騎士、兵士たちを助けながら前線で大立ち回りする。
戦場を風のように駆け抜けるその気高い勇姿は、まるで伝説に謳われる豊穣の女神ミリスの化身のようだ。
押されていた前線は、ルクレティアの号令に士気を取り戻す。
「押せ、押せ! 姫将軍を討ち取れば、一生遊んで暮らせるぞ!」
ルクレティアを見つけた雑兵の隊長が、そう叫んだ瞬間。
シュパン!
その首は、構えた槍ごとルクレティアに斬り落とされる。
魔法剣レーヴァテインに斬れぬものはない。
ルクレティアの紅い髪が舞うところに、血風が走る。
「逃げも隠れもしないわ。私を殺せるならやってみなさいよ」
「ひぃ、ひひぃ!」
襲いかかってきた雑兵どもが、血まみれで剣を振り回すルクレティアを前にすると腰を抜かしてしまう。
凄まじい戦闘力、獅子奮迅の活躍である。
「フハハハッ! 敵は雑兵、何するものぞ!」
前線に立つミンチ伯爵も、ズバッと強弓を引き放っての大活躍だ。
雑兵相手であれば、そう簡単には負けない。
当たるを幸いに、敵を次々と射落としていく英雄気分。
キラキラ光る勲章を胸にたくさんぶら下げたままで弓騎兵をやっている伯爵は、前線でこれ以上ないぐらい目立っていた。
その上でミンチ伯爵は、敵をおびき出すため、お付きの兵士に大きな旗まで持たせている。
そこには、『ラファイエットの臆病者!』、『恥を知れ賊徒!』などと達筆で大書されている。
いくら反徒となったラファイエットでも、無能な門閥貴族の象徴のようなミンチ伯爵にだけは言われたくはないだろう。
これ以上はない挑発、まるで囮になるために生まれてきたような存在だ。
「お二方、そろそろ後方に下がってください」
全力の戦闘で二人の息が上がった頃を見計らって、実質的な前線指揮をしているクレイ准将が撤退を促す。
「ハァ、ハァ……まだ戦えるわよ!」
「敵を引きつけるための戦術的後退です」
「仕方ないわね」
さっきまで敵を罵倒しまくっていたミンチ伯爵は、クレイ准将が声を掛けるまもなくいつの間にか後方に消えている。
相変わらず、撤退だけは得意である。
ルクレティアがお付きの騎士を引き連れて下がったところに勢いの乗った雑兵がワッと押し寄せるが、代りに前に上がったハルト大隊二千の一斉射撃によって打ち倒される。
凄まじい銃撃だが、戦場の熱に浮かされている雑兵たちの勢いは止まらない。
続けて、ハルトに付き従っている獣人たちが、その怪力を生かして五メートルもある長槍を叩きつけて銃で撃ち漏らした雑兵たちを打ち崩した。
「おっと、ここは通さないのだ!」
それはそういうふうに使うための武器ではないのだが、獣人族の女戦士ニャルが長大な槍をブンブン振り回して敵を一気に跳ね飛ばす。
その間に倒れた王国兵士たちを救出して、後方に控えていたエルフの魔術師シルフィーたちが回復魔法をかける。
「重傷者をこちらへ。すぐに治療します!」
こうして再び、鎮圧軍中央はまた元気を取り戻して再び守りに徹する。
この繰り返しで、半円型に陣取った鎮圧軍は奥へ奥へと敵を誘い込んでいった。
一方、軍師ハルトは前線の苦戦を他所に、後ろの小高い丘で砲兵隊千人をのんびり指揮していた。
勝負を決する一戦だ。一応ハルトにもやる気はある。
この戦いのために旧型の青銅砲から、新型の後装式大砲まで百門を揃えたのだ。
のんびりと散発的に砲撃をやっているのは、ここで得たデータを元に命中精度を高める実戦訓練を行っているからだ。
なにせ新型の大砲は、今回が初の使用である。
今回に限って、技術士官の待遇でドルトムたちドワーフのチームに付いて来てもらっているくらいだ。
何よりも実戦データが不足していた。
前線を見ていると大変そうだが、こういう時ほど焦りは禁物である。
「本当の勝負は、まだずっと先です。実戦訓練のつもりで、気楽にやってください」
いつものようにハルトは気楽に言う。
「レンゲル兵長、ハルト様はあんなこと言ってますよぉ」
観測手を務めるハルト大隊の少年兵士ボブジョンは、呆れたように言う。
カノンの街にいた頃からハルトに付き従い、すでに古参兵士になってしまっている彼も暇ではないのだ。
慌ただしく大砲の着弾を観測しては、慣れない卓上計算機で冷や汗をかきながら弾道計算して、砲身の角度や火薬の量などを部下に指示している。
「ハルト様はいつものことだろ。我らが御大将がそう言ってんだから、俺たちも肩の力を抜いてやればいいさ」
気を張り続けての戦いなど長続きしないことを、ベテランのレンゲル兵長はしっている。
大将はのんびり構えていてくれたほうが兵士も安心できるというものだ。
クレイ准将に指揮を任せている前線は大変だが、後方はのんびりしている。
副官のエリーゼは、戦場だというのにのんきに簡易かまどを設営して、ケトルでお湯を沸かせてハルトのためにコーヒーを淹れる。
ハルトは恭しく差し出されたコーヒーを受け取り、喉を潤しながら双眼鏡で戦況をのんびり眺めていたが、敵の陣立てが変わりつつあるのに気がつくと表情を変えた。
敵の両翼に散っていた騎兵隊が中央に集まりつつある、いよいよ敵も焦れて突破を仕掛けてくるようだ。
「ちょっと、そろそろ本気でやってみましょうか。レンゲル兵長はいますか」
「軍師様、お呼びですか」
「レンゲル兵長、敵の騎兵隊が中央に結集しているのが見えますか」
「見えますな」
「あれはすぐこっちの中央に突撃をかけてきますよ。精密射撃の訓練にちょうどよい的です。そろそろ、一斉射撃を試してみましょう」
「了解しました。お前ら、そろそろ砲兵隊の真価を見せる時だ! 気合入れていけよ!」
意気揚々と攻め寄せる一万五千のプファルツ傭兵団を、百門の大砲が狙いを定めて待ち構えていた。
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