第65話「プファルツ傭兵団の猛攻」

 プファルツ傭兵団一万五千の猛攻。

 これで弱りきった鎮圧軍の中央を突き破って一気に勝負は決まるはずだった。


 それなのに……。


「なんだ、なにが起こった」


 最後にプファルツが見たのは、向こうの丘が一斉に光って何かがこっちに飛来してくるところだった。

 突然の轟音に地面が激しく揺れ、プファルツは馬上から弾き飛ばされた。


 キーンと耳が痛む。

 よろめきながら立ち上がると、あたり一面は見渡す限りの地獄だった。


 ゴオオと立ち上がる紅蓮の火柱が、プファルツの頬を熱く焼く。

 その激しい爆発が終わっても、もうもうたる煙に襲われて辺りが見えない。


「ぐっ……」


 何かの破片が突き刺さったのか、プファルツは左肩に激痛を覚えて手で押さえた。

 刺すような痛みでようやく思考が鮮明になる。


 大砲の一斉射撃だったのだろう。

 実際に自分が攻撃を受けるまで、これほど強力な兵器とは思えなかった。


 直撃されたのは偶然ではあるまい。

 騎兵隊の駆ける鼻先を正確無比に狙われたのだ。


 投石機カタパルトなんかとはわけが違う。

 前線の雑兵たちは、こんな攻撃を受けながら戦っていたというのか?


 天才軍師ハルトが造り出した新兵器の恐ろしさはラスタンから聞かされて十分警戒していたはずなのに、どうしてこうなった。

 心のどこかに驕りがあったのかもしれない。


 ラファイエットにあれほど注意しながら、自分も軍師ハルトの術中にハメられたというのか。

 口惜しいが、幸いなことにまだ身体は動く。


 酷い耳鳴りだったが、やがて聴力も回復する。


「熱い! 熱い! 誰か助けてくれ!」

「腕がない、俺の腕がぁああ!」


 煙の奥から、次々に聞き覚えのある味方の悲鳴が聞こえてくる。

 このままでは恐慌状態になる。


「団長! プファルツ団長!」

「馬鹿野郎、お前ら止まるんじゃねえぞ! 前だけみて進め!」


 動揺する味方に、指揮官としての本能がプファルツにそう叫ばせる。

 一度覚悟を決めて攻めてしまったのだから、もう前に進むしかない。


 密集陣形で突撃を仕掛けようとしていた騎兵隊は、狙いすました砲撃でかなりの損害を受けてしまった。

 プファルツは、かえって先頭にいたから助かったのかもしれない。


 もう一段の後ろの方にいたら、あの炸裂の直撃を受けていただろう。

 だが、大砲は連発できる武器ではないと見た。


 まだ負けちゃいない。

 プファルツは逸れていた馬を見つけて飛び乗ると、背中から黒い大剣を引き抜いて号令をかけた。


「怯むな! 接敵すれば大砲は攻撃できない! 安全なのは前だ! 前へ攻め込め!」


 そうだ、やることは変わらない。

 敵将さえ倒してしまえば終わりなのだ。


 ここまで来たら、残存する味方を糾合して前へと突進するのみ。


「ウォオオオ!」


 プファルツ団長の叫びに答えて、一万もの騎兵が槍を構えての突撃!

 隊列を組んだ槍騎兵の突破力は圧倒的だ。


「ルクレティア姫様、お下がりください!」


 乱戦の中で、クレイ准将が叫ぶ。

 これまでの激しい戦いを耐え忍んできた忠実なルクレティアの兵士たちは、なおも主君を守ろうと集団で槍を構えて立ちはだかるが、砂煙を上げて押し寄せる騎兵突撃になすすべもなく弾き飛ばされていく。


 騎兵避けに尖った木の杭を埋めて後ろに控えていたハルト大隊二千が、前線を突破してきたプファルツの率いる騎兵に激しい銃撃を仕掛けた。

 雨のように降り注ぐ銃弾、プファルツの周りの騎兵はバタバタと撃ち落とされているが、それでも突撃は止まらない。


 これでも止まらないのかと、銃兵を守るためにニャルたち獣人が尋常でない長さの長槍を持って騎兵をなぎ倒しにかかる。

 だが、なんとプファルツは馬の手綱を引いてニャルの振り回す槍を飛び越えた。


「なんニャと!」

「こんなもんで騎兵が止まるかよ!」


 馬蹄でニャルの長槍を粉々に踏み潰して、プファルツは強引に前へと進む。

 そして、ついに見つけた。


 乱戦の中、逃げようとしているミンチ伯爵!


「大将首、もらっていくぞ!」

「ぐぁあああ!」


 弓を手放して、慌てて腰の宝剣を引き抜いたミンチ伯爵であったが、歴戦の勇士であるプファルツの突撃には間に合わない。

 大剣の一撃はミンチ伯爵を深く斬り裂き、その身体は馬上からどさりと倒れた。


「やったか!」


 いや、確実に首を取らねばとプファルツが馬から飛び降りたところで、ルクレティアが立ちはだかる。


「そこまでよ、あんたが敵の大将ね!」

「姫将軍まで出てきてくれたとは、私はつくづく運がいい」


「逃げも隠れもしないわ。私が王国北方軍将軍のルクレティアよ!」

「プファルツ傭兵団団長、プファルツだ。悪いが時間がないんでな、これで決めさせてもらう」


 ドオンドオンと大砲の音が遠くに響き渡る中で、ルクレティアとプファルツは対峙する。

 あたりの喧騒も二人の耳には届かず、間合いを計って静かに探り合う。


 だが、プファルツは斬り込めない。

 黒剣とあだ名されるほどの達人である傭兵が、気迫で押されている。


 ルクレティアには、まったく隙が見当たらない。

 だが、ここで殺せなければ負ける。


「ええい、しゃらくせえ!」


 功を焦っていたプファルツは、黒い大剣を両手で握って力の限り叩きつける。

 猪突姫などと呼ばれていても、所詮は女の細腕だ。


 これは、お上品な騎士の決闘ではない。

 力ずくならば体格に勝るプファルツが圧倒的に上。


 隙がないなら、強引に打ち崩してやると黒剣を何度も乱暴に叩きつけた。

 しかし――


「くっ……」


 プファルツは、思わず左肩の痛みに呻いた。

 強引に剣を振りすぎたせいだ。


 先ほどの砲撃で左肩に受けた傷が、プファルツの剣筋をほんの少し歪ませた。


「隙あり!」


 ルクレティアの魔法剣レーヴァテインが一閃する。

 胴を深く斬り裂かれたプファルツは、ずさりとその場に倒れた。


 プファルツ団長を討ち取られた傭兵団は、ついに突撃を諦めて押し返される。

 こうして鎮圧軍中央はギリギリのところでなんとか凌ぎ切ったが、ミンチ伯爵が倒されてしまったことは大きな動揺を生むことになる。


 しかし、その悲報を後方の丘の上で聞いたハルトは、「ついに好機が来た」と一人つぶやくのであった。

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