第63話「戦況膠着に焦れる」
純白の騎士鎧に身を固めた改革派貴族一千人が並ぶ、壮麗なる本営。
それらを率いる金髪の白騎士ラファイエットは、余裕の笑みで戦場を俯瞰する。
「まさか、鶴翼の陣で正面からぶつかってくるとはな」
このカンナエの戦いを華々しい世紀の一戦としたいラファイエットとしては好都合だが、三倍の敵に対してそのままぶつかってきた軍師ハルトの意図が読めない。
「敵は危機に陥っている王都の救援をせねばならないのだから、小細工を弄している時間がなかったのだろう。こちらの作戦勝ちということだ」
そう自信ありげに言うのは、増援としてラスタンより送られてきた傭兵団団長のプファルツだ。
ラファイエットが白騎士ならば、黒髪を短く剃り上げたこの壮年の男は黒い鎧に身を包んでいる。
大柄でガッシリとした身体つき。
頬にある大きな傷は、歴戦の勇士を思わせる。
そして、背中にはトレードマークにもなっている黒い大剣を背負っている。
一万五千の大傭兵団を率いて参戦した彼は、指導者としては若すぎるラファイエットのお目付け役を兼ねている。
最強の傭兵『黒剣のプファルツ』とあだ名されてはいるが、単なる脳筋では傭兵団の団長は務まらない。
プファルツは、戦闘力も高いが同時に計算高い智勇兼備の傭兵団長である。
彼もまた軍師ラスタンによって見出された、次世代を担う才能の一人だ。
「プファルツ団長、貴公の騎兵はどうしている」
「敵が左右に騎兵を配置したので、こちらも同じように騎兵を左右に展開させておいた」
中央に歩兵を配置して、左右に騎兵を展開させる。
兵法の常道なのだが、あまりにも常道すぎる流れだ。
神算鬼謀と噂される天才軍師ハルトが指揮していると聞いていたのに、当たり前のように陣を敷いてそのまま戦闘になるとは、プファルツ団長としてもいささか拍子抜けであった。
ただ、いつもと違うこともある。
「先ほどから、鳴り響いている爆発音は、大砲というやつか?」
「ああ、ラスタンの報告どおりだな。火薬を使って鉄の玉を飛ばす
ドオン! ドオン! と轟音が鳴り響いている。
その砲撃の飛距離は長く、攻城戦などでは恐ろしい兵器になるのだろうが、十八万人もの人間がひしめいて一斉にぶつかり合う戦場では、決定打にはならない。
派手な花火だとでも思ってやらせておけばいいとわかってはいる。
だが、その遠雷のような轟音は不吉な気分にさせられてラファイエットには耳障りだった。
「プファルツ団長。こっちは三倍の大軍なんだ、さっさと敵を包囲してしまえないか?」
「それは難しい。左右の騎兵だけでみると、こちらは一万。敵は二万で負けている」
無理やり三倍の数を包囲している反乱鎮圧軍の陣はかなり薄くなっているが、左右に展開している騎兵の数で負けていると、回り込んでの逆包囲は難しい。
やはり中央の歩兵陣を突破するのが常道というものだろう。
「こちらが圧倒的だというのに、さっさと終わらせられんのか」
わざわざ援軍に来た年長のプファルツに対して、この物言い。
これまでのラファイエットの華々しい戦歴は聞いているが、この若者は少し増長しすぎているなとプファルツは釘を差しておくことにした。
「ラファイエット。貴方は我々の大将だ。わかっているとは思うが、今回はこれまでの戦いとは違う。だから、くれぐれも前にだけは出るなよ」
「くどい! その話ならラスタンに散々聞かされた」
あまり言いすぎるのも逆効果かと、プファルツは言葉を濁す。
「そうか、わかってるならいい。これだけの大会戦だ。下手な策など練らずとも、このまま力押しで押し切れば楽に勝ちを拾えるのだからな」
単純に力押しをしているのは、反乱軍の主体が農民兵だという事情もあって、細かい動きができないという理由もある。
だが『攻撃三倍の法則』というものがあり、三倍の優位はそう簡単に崩せるものではない。
「見てるだけというのも、歯がゆいな」
「優れた将は、こういう時にはみだりに動かぬものだ」
歴戦の傭兵であるプファルツからすれば、ラファイエットたちの改革派貴族の反乱は育ちのいい貴族の坊っちゃんのお遊びにしかみえない。
だから、自分がしっかりしなければと思っているのだ。
若い頃は気楽な傭兵家業も楽しかったが、いい加減バカ貴族どもに使われる立場も飽きてきた。
この戦争に勝てれば、プファルツも大将軍にしてやるとラスタンに約束されている。
だからこそ、自費まで投じて騎兵一万騎をかき集めて参陣している。
この一戦に
勝ちを焦るな、じっくりと攻めればいいと自分に言い聞かせて一時間、二時間、三時間……。
どれだけ待っても一向に敵陣は崩れなかった。
「プファルツ団長、なぜあんなに薄い敵陣が破れん!」
「こういう戦いは、功を焦ったほうが負けだ」
「楽勝だと言ったではないか!」
「確かに、あれだけ薄い陣がいつまでも崩れないのはおかしいな。少し戦術を練り直す必要はあるかもしれない」
三倍の兵力で時間をかけて攻めても、全く動かない戦況。
敵の軍師ハルトがこうも耐え続けているのは、ラファイエットを誘い出そうとしているのだろうと老獪なプファルツには読めていた。
しかし、人生を賭けた大勝負で見ているだけで何もできないということほど人を焦燥させるものはない。
形だけでもなにかやってみせねば、若いラファイエットが暴発する危険もある。
「大変ですラファイエット様!」
物見にやった近衛騎士の一人が、本営に報告にやってきた。
「なんだ」
「あの前線中央に、敵の姫将軍ルクレティアと、ミンチ将軍が揃って出てきています!」
「なんだと、敵将が前線に出ているというのか?」
ラファイエットが思わず目を凝らすと、確かに中央前線にそれらしき人影が見える。
大将首を狙って、農民兵たちが躍起になって攻め立てているのも見える。
「それだけではありません! ミンチ将軍は、ラファイエット様と我等を農民に戦わせて自分たちは逃げ回る臆病者だと口汚く罵ってきています!」
「なんだと!」
見え見えの挑発に乗りそうなラファイエットを、プファルツが慌てて止める。
「待て、ラファイエット! これみよがしな罠だぞ。落ち着いてよく考えろ、敵将が前に出るわけがない。影武者かもしれん」
それはないと、偵察してきた若い騎士は即座に返す。
「私どもとて、敵将の顔は見知っております。特に姫将軍ルクレティアが身につけている魔法剣レーヴァテインと魔法鎧スターグリムは、王国の至宝。見間違える騎士などおりません!」
自分の物見が否定されたと思った若い騎士は、怒気を
こいつら揃いも揃って青臭い。
そういうことではないのだと、プファルツは舌打ちする。
「そうか! 敵将二人が前に出てきているなら、一気に仕留めればこの戦は勝てるな」
ほら、ラファイエットの思考がこうなってしまった。
「だから待てと言っている! たとえ相手が本物でも、いや本物だからこそ罠だ!」
「だが膠着した戦況を打開する好機だ!」
ラファイエットは、四万五千と十三万五千の大軍同士がぶつかり合っている戦場に、たった千騎の近衛騎士を率いて突撃をしかけようというのか。
それこそ、まさに敵の天才軍師ハルトの思い描いた絵図だと悟り、プファルツはゾッとする。
しかし、これまで突っ走ることで栄光の階段を駆け上がってきたこの若き英雄は、言葉では止まるまい。
そう瞬時に思考を巡らせて、プファルツは重々しく言った。
「ラファイエット殿、私が征こう」
「貴公が?」
「ああ、陣立てを変える。左右に展開している傭兵団の騎兵一万を呼び戻し、我がプファルツ傭兵団の名誉にかけて敵中央を突破して大将首を上げてみせよう。それでよいか」
「そうか、頼めるか」
持久戦は無理だと判断した黒剣のプファルツは、この一戦に賭けた。
そのうちに秘めた静かな気迫に、同じ男として意気を感じたラファイエットは、突撃するのを止めてプファルツに任せることにした。
こうしてルクレティアたちのいる中央陣に、プファルツ傭兵団一万五千の決死の猛攻が迫ることとなる。
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