第61話「ラスタンの胸中」

 目立たない灰色のローブをまとって荒野で待つラスタンは、悠々とやってきた農民反乱軍の首魁ラファイエット・シャバニアックを見て舌打ちする。

 さらりとした金髪の髪の美丈夫が、金糸の装飾が施された白いマントを翻して駿馬から降り立つ。


 その姿は、目にも鮮やかな純白の騎士鎧である。

 目立つことこの上ない!


 その出で立ちは、農民反乱軍を指揮し、民衆のカリスマと呼ばれるようになったラファイエットの演出なのはわかるのだが、密会にまでこんな服装でやってくるバカがいるか。

 コイツは調子に乗ってるのではないかと、ラスタンは釘を刺すことにした。


「ラファイエット。状況はあまり良くないぞ。ミンチが最悪の状況で寝返ってしまった。ルクレティアの元に集った兵力は、すでに四万五千に達しているそうだ」


 第二王子オズワールの下に後ろ盾になっている王国南方軍の兵士がいると邪魔だから、その多くをミンチ伯爵に預けてしまったのが失敗だった。

 使えない男だと思ったからこそ捨て石にしたのだが、カノンの戦の時のように戦って無様に壊滅するならまだしも、まさかほとんど戦わないうちに降伏した上に即座に寝返るとは……。


 いかに天与の才能タレント『権謀術数の主』を持つラスタンの智謀でも、予測不可能な動きだった。

 ミンチという男を見誤ったかと、ラスタンは苦々にがにがしく思っている。


「ラスタン、心配はいらない。私の軍勢はすでに十二万を超えている。決戦までには、三倍の数を揃えられるだろう!」


 さらりとした柔らかい金髪をかきあげて、満面の笑みで答えるラファイエット。

 やはり、増長しすぎているとラスタンは嘆息する。


「相手は希代の英雄だぞ。軍師ハルトをあまり侮るな」

「カノンの英雄殿か。フフッ、確かに戦績だけは素晴らしいが、あの男は所詮、他人の戦争を利用して上手く立ち回っただけの小物ではないか」


「それが、知略というものだ!」

「小賢しいだけの男に、私は負けぬよ。この私こそが、たった千人の改革派貴族を率いて十二万の軍勢を創り上げた真の英雄だ」


 確かに、ラファイエットはラスタンが思うよりもよくやった。

 ラスタンが準備した下地をうまく使い、民衆の不満を集めて一つの方向に向かわせることに成功したのだ。


 所詮、ラファイエットの率いる農民反乱軍は賊徒である。

 貴族軍の騎士隊とぶつかればひとたまりもないのだが、戦のたびに農村が荒れ果て生活に困った農民が発生する。


 その上で、ラファイエットは領主の食料庫をゲリラ的に襲い、困った民衆に食べ物を配って反乱軍への参加を促したのだ。

 食料庫にあった食料は、もともと農民たちが搾り取られた税である。


 自分たちが作ったものを、自分たちで食べるのを悪いと思うはずがない。

 奪った食料を食べてしまえば、新しい反乱賊徒の出来上がりだ。


 こうして、反乱軍は貴族軍との戦いに勝とうが負けようが勢力を拡大する無限ループに入った。

 これまでの戦争の常識を覆す、悪魔的な戦術と言っていい。


 また、ラファイエットたちが喧伝する「横暴な大貴族を殺せば、税金を十分の一にできる」というスローガンも民衆には魅力的に映った。

 困窮する農民だけではなく、ワルカスが大遠征を行うために乱発した債権で破産した王都の住人たちも呼応するようになったのだ。


 税金を十分の一にするなど絶対に無理な話であり、割と真面目なところもあるラスタンから見ると後の始末はどうするんだと思ってしまうが、これで正しいのだ。

 国家転覆さえ成功すれば、後のことなどどうにでもなる。


 その思い切りとカリスマ性こそが、ラファイエットを時代をリードする新しい英雄たらしめていると言っていい。

 賊徒を取り締まる側であるラスタンらが内通しているからやりやすかった面もあったとはいえ、その扇動力と影響力は、やはり当代随一の将と言っていいだろう。


 だが……。


「ラファイエット、軍師ハルトは、これまでのぼんくら貴族どもとはわけが違うのだ!」

「では、どうしろというのだ」


「三倍の兵力を集めると言ったな。お前の手持ちの十二万に加えて、さらに一万五千の援軍を送ってやろう。あとは、数はまだ少ないが敵の使っている手銃ハンドガンという武器を作ってもいる」


 ラスタンはラスタンで、ハルトが使っている近代兵器に探りを入れているのだ。

 火薬が重要だということも、当然ながら理解している。


 ただ、手に入れた現物が、レギオンの街に作られた偽装の兵器工房の手銃ハンドガンであったために、型落ちになってしまっていた。

 そこはラスタンも天与の才能タレントの持ち主、ハルトはもっと進んだ武器を用意しているだろうとも予測している。


「ハルトが使っている火薬を使った武器というやつか」

「ないよりマシという程度だろうが、ここぞという時に使うがいい」


 手渡された手銃ハンドガンのサンプルを見て、ラファイエットはほくそ笑む。


「ならば後は、ルクレティアも、ミンチも、ハルトも、この私が全員倒してしまえばいいということだ」

「ラファイエット、慢心するな! いいか、ハルトは必ず策謀を張り巡らせてくる」


「それは承知の上だと言っている」

「いいか、いかに天才軍師と言えど数の優位だけはどうにもできまい。お前たちは決して前に出ること無く、数を使って消耗戦を仕掛けるのだ」


「私とて英雄だぞ。その程度の事はわかっている」

「相手は、稀代の天才軍師だということを忘れるな。決して敵の罠にハマるな。王都の囲みなど見せかけだけでいい、全兵力を結集して確実にハルトを倒すのだ」


「ハルト、ハルトと、何度も言わなくてもわかっていると言ってるだろう。ラスタンはハルトにこだわりすぎだ。それこそ、同じ平民出身ゆえの過大評価ではないのか」


 民衆のカリスマとはいえ、ラファイエットはシャバニアック伯爵家の子息であり生粋の高位貴族である。

 同じ王国軍の参謀本部高官であっても、ラスタンとは出自が違うのだ。


 ラスタンと同じく、ハルトもまた平民の出。

 贔屓目ひいきめがあるのではないかと、ラファイエットは言っているのだ。


「そういう面はあるかもしれぬが……」


 ラスタンが軍師ハルトの存在を知ったのは、カノンの撤退戦の時だった。

 その当時、ラスタンは失意に沈んでいた。


 王立の最高学院を最優秀の成績で卒業し、軍官僚となったラスタンであったが、貴族でないというだけでその提案はことごとく弾かれ、閑職へと追いやられていたのだ。

 貴族であるというだけで、ラスタンよりもずっと無能な愚物どもが大きな顔をして出世していく。


 あのミンチ伯爵がカノンで大敗した時だって、ラスタンは何度も無謀な作戦だと止めたのだ。

 負けるとわかっている戦を止められぬ悔しさ。


 上にいる貴族どもは愚物ばかり、なぜ誰もわかってくれないのか。

 ラスタンは、砂を噛むような思いをし続けていた。


 王国軍が無能な門閥貴族どもの巣窟になっている一方で、帝国ではヴィクトル皇太子が、たとえ相手が平民であっても有能な才能を見出して取り立てる帝政改革を断行していた。

 無能共が指揮する王国軍が、エリートが指揮する帝国軍に勝てるわけがない。


 むしろ、ラスタンは負けてしまえとすら思っていた。

 それを覆したのが、ラスタンと同じ平民出のハルトだったのだ。


 カノンの撤退戦、ノルト大要塞攻略戦、そして帝国への大遠征。

 同じ平民出身だった軍師ハルトの輝かしい活躍が、どれほどラスタンを喜ばせたかわからない。


 新しい時代の風を感じたラスタンは、愚かな王族や貴族におもねらないという節を曲げて、王太子になれなかった失意の第二王子オズワールに取り入り、その軍師となって南方で大戦果を上げさせた。

 王太子の軍師ワルカスに取り入り、無謀な大遠征を企てさせたりもした。


 同じエリート主義であるヴィクトル皇太子とも、実は密かに通じていたのだ。

 ラスタンの希望通り、ヴィクトル皇太子が王太子を殺してくれた瞬間、今回のクーデター計画を実行に移す決意をした。


 自分には人を操る魔力のようなものがあると、ラスタンは思った。

 帝国の天才ヴィクトル皇太子や、希代の天才軍師ハルトと同じように、自分もまたこの時代に生まれた女神に選ばれし天与の才能タレントの一人なのだ。


 ダルトン代官も、ミンチ伯爵も、ちょっと耳元で欲望を喚起してやれば、みんなあやつり人形のようにラスタンの言いなりとなる。

 だが、ハルトだけは思い通りにならなかった。


 本来なら、この場でラスタンとともに祖国の未来を語り合っていたのは、ラファイエットではなくハルトであったのに。

 どうしてあの男はあれほどの高い才気を持ちながら、姫将軍ルクレティアやミンチ伯爵のような無能どもの味方をするのだ。


「ラスタン?」

「ああ、すまん。無能貴族どもを一掃し、選ばれたエリートによる優れた政治を実現するためにも、軍師ハルトは必ず殺さねばならない」


「ああ、もちろんだとも。ルクレティアにミンチの首級もあげねばな。そして、お前は新しい政府の首班となり、私は革命の英雄となる。そうだろう?」


 爽やかに笑うラファイエットに、ラスタンは深く頷いた。


「では、私はこれより王都に戻る。最後の仕上げをせねばならないからな。後は万事頼んだぞ」


 ラスタンはフードを目深まぶかに被って、馬を走らせた。

 民衆のカリスマ、ラファイエットが無事に軍師ハルトを殺せばそれでよし。


 それでこそ、ラファイエットが次の時代の指導者にふさわしいエリートであるということが証明される。

 だがもし出来ないならば……。


 ハルトを迎え撃つために、次のコマの準備はしておかなければならなかった。

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