第60話「ミンチ伯爵、秒速で寝返る」

 ミンチ伯爵は秒速でルクレティア側に寝返った。

 説得が簡単すぎて、ハルトが拍子抜けするほどだった。


 ラスタンはミンチ伯爵を利用して使い捨てるつもりだったのだと教えると、怒りに立派な髭をブルブルと震わせる。


「これで全てわかった! ラスタンの不忠者め! ワシは最初からあの成り上がりが気に入らなかったのだ!」


 ラスタンとともにルクレティアを討とうとしていた自分を完全に棚に上げている。

 一緒に捕らえられている幕僚がその手のひら返しのスピードについていけず、呆然とするほどの変わり身の早さである。


 この人本当に大丈夫かと、利用しようとしているハルトですら不安になるほどだ。

 しかし、反乱鎮圧軍三万を味方にするには、ミンチ伯爵を使うしかない。


 後でどうなるか知ったことではないが、ハルトは都合のいいことを吹き込むことにした。


「ラスタンを倒し、危機にある王都を救えば、ミンチ伯爵は大英雄ですよ」

「そのとおりだとも! 軍師ハルト、今一度このワシに力を貸してくれ。今こそ我らは再び手を取り合い、反逆者ラスタンを倒すのだ!」


 ハルトが教え込んだ設定が、いつの間にかミンチ伯爵自身の考えにすり替わっている。

 それが今の自分にとって都合がいいからなんだろうが、ヤバイなこの人。


 ラスタンが捨て石にしようとした気持ちもわかるハルトである。

 いや、ここまで酷いと、これも一種の才能と言ったほうがいいのだろうか。


 ともかく、反逆者であったはずが急に王国への忠誠に目覚めたミンチ伯爵は、集結する反乱鎮圧軍三万の前で歴史に残るレベルの大演説をぶち上げた。

 全部ハルトが吹き込んだ通りの設定である。


「反乱鎮圧軍の諸君! 我々は騙されていたのだ! 本当に倒すべき敵は、オズワール殿下の軍師ラスタンである。かの不義不忠なる大罪人はオズワール殿下により多大な恩顧を受けたにもかかわらず、影で賊徒ぞくとどもと手を結び、ルクレティア王女とオズワール王子の両方を弑逆しいぎゃくせしめ、恐れ多くもラウール陛下にすら刃を向けようとしている。誇り高き我ら王国軍が、これを座して見ていてよいものか!」


 騙されていたのはミンチ伯爵だけなのだが、元から同士討ちを嫌がっていた王国軍である。

 これには、みんな「よくない!」と声を上げる。


「よろしい! 忠勇なる我らは、今こそルクレティア殿下とともに正義の軍を起こす! 不遜ふぞんにも膨れ上がった賊徒ぞくとを打ち破り、王都にいるオズワール殿下とラウール陛下をお救いする! 倒すべきは賊徒ぞくとと反逆者ラスタンだ! 諸君らの反乱鎮圧軍の名に恥じない戦いを期待する! 敵は獅子身中にあり!」


 どの面下げて言っているんだと言う話だが、見た目だけは立派な髭の猛将であるミンチ伯爵が拳を振り上げて叫ぶと、不思議と様になっている。

 このミンチ伯爵の「敵は獅子身中にあり」演説により、反乱鎮圧軍の王国兵士たちが参戦する道理は通った。


 これで王国北方軍とともに、ミンチ将軍配下の王国南方軍も共同して戦うことができる。

 まあハルトとしては、ミンチ伯爵に言わせたことも間違いではないと思っている。


 農民反乱を先導している改革貴族派の首魁ラファイエット将軍は、反乱が成功した暁には大貴族から金を没収して十年間農民の税金を十分の一にすると吹聴しているそうなのだ。

 それを耳にして、なるべく働きたくないハルトも改革派貴族だけは討たねばならないのだろうなと覚悟した。


 やってることが、悪質すぎるのだ。

 税金を十分の一にする?


 無能貴族を除いた程度で、今の王国政府にそんな予算が組めるわけがない。

 最初からやっていることが欺瞞ぎまんであり、扇動している自分たちもそれを信じ込んでいるとしたらそれこそが悪と言っていい。


 王族の専制、大貴族の汚職を撤廃して民のための理想的な政治を行う。

 聞こえはいいが、実現不可能な夢物語によって作られた政権の結果がどんな結果になるかは、歴史を紐解くまでもない。


 ルティアーナ王族という中心を失った政府では粛清の嵐が吹き荒れ、元から実現不可能な減税の約束など守られるわけもない。

 失望した民を待っているのは、さらなる悲嘆と厳しい弾圧だ。


 むやみに民を扇動して戦に駆り立ててないだけ、今の貴族政治の方がまだマシと言っていいだろう。

 ラスタンが目指しているのは国民国家であろうことぐらいはハルトにもわかるが、そのやり方がいかにも急進すぎるのだ。


 ハルトとしては誰がどんな理想や野心で動き回ろうが心底どうでもいいが、自分に関係するところで面倒なことをしてくれるなと言いたいだけだった。

 そういう連中のせいで、やりたくもない戦争をやらなきゃいけなくなる。


 まあしょうがない、こうなったらやるしかないなとハルトはパンパンと手を叩く。

 戦争をやるとなったら勝つしかない。


 忠義では動かない傭兵一万は、ハルトが金で買収することにした。

 目がくらむような金貨を山盛りで持ってきたハルトのうまい話に、傭兵たちはすぐ飛びついた。


「協力していただけるなら、ミンチ伯爵より受け取った報奨はそのままに手付金としてその二倍を払いますよ」

「やけに気前がいいな」


「うちは補給もしっかりしてますから、従軍の間の物資はこちらが全て無償提供します。そのかわり、略奪はしないでくださいね」

「なんだと、補給までタダで面倒みてくれるのか!」


 この世界では兵站が不十分なことが多いので、酒保商人しゅほしょうにんという民間業者が軍に付いて回って補給をしたりするのだが、それらは全て有料である。

 だから傭兵は勝手に略奪に走ったりしがちなのだが、たっぷりと腹を満たしてやればそんな面倒なことはしない。


「この戦争に勝利して王都を奪還した時には、ミンチ伯爵が約束した成功報酬の三倍お支払いしましょう」

「乗った! 俺たちは金さえ貰えればその分いい仕事するんだぜ。英雄ハルトは、あのケチンボミンチよりよっぽど話がわかるお人だ。今後もぜひご贔屓にして欲しいもんだぜ」


 金払いのいい雇い主ほど得難いものはないと、傭兵隊長たちは我先にハルトと握手して給金を受け取る。

 傭兵たちの調子の良さに苦笑いしながら、とりあえず上手く行ったとハルトもホッと息をつく。


 こちらとしても、こんな辺境では雇いにくい傭兵団が向こうから雇われにやって来てくれたのだから助かった。

 これで、戦力は四万五千。


 ルティアーナの陣営に、大多数である農民反乱軍十二万とも戦える戦力が揃ってきた。

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