第59話「ルクレティア陣営の相談」

 三万もの軍を降伏させて捕虜とするのも大変だったが、王国北方軍の陣営は捕まえたミンチ伯爵の事情聴取により発覚した事態に揺れていた。


「まさか、そんなバカなことがあってたまるの?」


 信じがたい話に、ルクレティアはなおも訝しげにハルトに尋ねる。

 ミンチ伯爵によると、第二王子オズワールの軍師ラスタンは、農民反乱を主導している改革派貴族と内通してクーデターを起こすことを画策しているというのだ。


「あのミンチ伯爵の言うことですから信じがたくもありますが、この状況を見れば口から出まかせでもないと思えますね」


 ……というより、もっともらしい嘘を吐くような能力が、ミンチ伯爵にないと言ったほうがいいか。

 クレイ准将が密偵によって集めた情報によると、すでに王国北部では農民反乱が燎原りょうげんの火のごとく広がり、手がつけられない状態になっているという。


 王都周辺を囲む農民反乱軍は、すでに十二万を超える規模になっている。

 雑兵といえども十二万は脅威だ。


 ミンチ伯爵の反乱鎮圧軍がそこを素通りしてレギオンの街にやってこれたことが不可解だったのだが、最初から改革派貴族と内通していたからとすれば説明がつく。

 ミンチ伯爵が大逆罪にも問われかねないルクレティアへの攻撃を考えたのも、ラスタンが最初からルティアーナ王国の王族を皆殺しにして国家転覆を謀っているものとすれば簡単に理解できるのだ。


 それが事実かはともかく、ラスタンはミンチ伯爵にそのように言っていてもおかしくはない。

 クレイ准将が顎に手を当てて考え込む。


「しかし、不可解なこともありますね。軍師ラスタンは、このままオズワール殿下を次期国王にすればクーデターなど起こさなくても王国の実権を取れたのではないですか?」


 それにのんびりとした口調でハルトが答える。


「なんかそれ、俺を仲間に勧誘しにきたときにラスタンが理由らしきことを言ってましたよ」

「そんなことがあったの?」


 ルクレティアは目を丸くする。

 また自分の軍師が勝手に取られそうになっている。彼女にとっては死活問題だ。


「ええ、面倒そうだから断りましたけど。ラスタンは、無能な王族や大貴族が行う政治に強い反感を持ってましたから、この機会に一掃するつもりなんでしょう」


 ルクレティアの眼の前で、平然とそれを言うのがハルトである。

 クレイ准将は焦って顔色を伺うが、ルクレティアは無能な王族と言われても気にした様子はなく(自分は関係ないと思っているのかもしれない)、すぐさま叫ぶ。


「クーデターが本当なら、絶対に阻止しなきゃ駄目だわ!」

「姫様、お待ち下さい」


「何よ、クレイ」


 ルクレティアの謀臣でもあるクレイ准将は言う。


「反乱鎮圧軍三万が襲ってきたのは、オズワール殿下も了解のことなのです。つまり、兄君は姫様を邪魔者として殺そうとしていたのですよ。姫様に従う我々としては、オズワール殿下を討とうとするラスタンの動きはむしろ好都合かもしれません」

「どういうことよ」


「非情なようですが、ラスタンがオズワール殿下を弑逆しいぎゃくするのを待ってから、反逆者ラスタンを討てば姫様を王国の後継者に据えることも……」

「却下よ」


 興味深そうな微笑みを浮かべてクレイ准将は尋ねる。


「理由をお聞かせ願えますか」

「たとえオズワールお兄様が私を討とうとしていても、殺されるのを黙って見過ごすわけにはいかないわ。まして、ラスタンたち反乱軍が王都を落としたらお父様も危険に晒されるかもしれない。そんなの、絶対に許せない」


 深く頷いたクレイ准将は、その場に跪いた。


「さすが姫様です。たとえどのような理由があろうとも、同じ王族を見捨てぬ。それが一点の曇りなき真の王道というもの! だからこそ我ら家臣は姫様の正義に付き従うのです。兄君を見殺しにせよなどと、浅ましいことを申し上げた非礼をお詫びいたします」

「いいわよ。クレイは、私のことを考えて言ってくれているんでしょうから……ハルト」


「なんでしょう」

「私に、オズワールお兄様やお父様を助けさせて」


 端的にそうお願いしてきた。

 命令ではなく、お願いである。


「うーん、俺はクレイ准将の提案に割と賛成なんですけどね。まあでも、放っておいてもいずれ戦争になるのは一緒なのかなあ」


 ハルトは面倒そうに言う。


「農民反乱軍十二万を打ち破って王都を救う方策はあるの?」

「まあ、打ち破るまではできないこともないかと」


 そんな信じられないことがハルトにはできるのかと、燃えるような紅い瞳を輝かせるルクレティア。

 だが、ハルトにとっての問題はそれだけではないのだ。


 卓上のルティアーナ王国の地図を見つめて、ハルトは天与の才能タレント『卓越した知性』を働かせる。

 ラスタンのクーデター計画。


 まるで王都を中心とした王国北部という盤上が、オセロの石のように一気に白から黒にひっくり返ったような構図である。

 ラスタンは、いつからこの謀略を考えていたのか。


 もしかしたら、今は亡き第一王子の軍師ワルカスの無茶苦茶な大遠征で国が荒れるのも見越しての動きだったのだろうか。

 ラスタンの都合のいいことに、敵対国であるバルバス帝国も貴族反乱や王国軍との戦いで疲弊して、王国に手出しできるような状況ではない。


 ラスタンの天与の才能タレントは『権謀術数の主』だ。

 自らが表立って動くのではなく、他人を傀儡くぐつとして操り、邪魔になれば切り捨てる。


 ミンチ伯爵やオズワールだけではなく、もしかしたらワルカスもそうだったのか?

 では、他の大貴族たちもそうではないとは言い切れない。


 この状況でもハルトは勝てないとは言わないが、本当にギリギリの戦いになる。

 王都周辺の各勢力の情報が欠けているのが気がかりだ。


 ラスタンの勢力はいいとして、それ以外の大貴族たちはどう動くのか。

 動くには状況が不透明すぎる。


 思い悩むハルトに、クレイ准将が声を掛ける。


「ハルト殿、情報が不足していて申し訳ありません。野に放った密偵の能力にも限界がありまして」

「いや、クレイ准将はよくやってくれてますよ」


 動くとなればあまり考えている時間はないのだが、重苦しい空気にエリーゼが「ハルト様、一息入れましょう」と、コーヒーを差し出してそれをハルトが口にしたその時だった。

 バンッ! と扉を開けてプレシー宰相が入ってきた。


「ルクレティア姫殿下。王国北方の貴族全てに文を書き、なんとか援軍二千を手に入れました」


 ハルトも金塊を持ってきてくれたから領国宰相にすることを勧めただけで、誰にも期待されてなかったプレシー宰相。

 しかし、この老人は元王国宰相という立場を利用して「王都の惨状を放置していいのか!」と檄文を書いて、援軍を募っていたのだ。


 だが、口ではラスタンらの蠢動しゅんどうを不愉快そうに言う大貴族たちも、王族同士が対立しているこの状況に日和見を決め込み、領地の反乱鎮圧が忙しいのを理由に援軍を出し惜しんだ。

 唯一、ルクレティアの母方の実家であるアルミリオン伯爵家だけが、ルクレティアの側について援軍をよこしてきたらしい。


「プレシー宰相、ご苦労様」

「いえ、姫殿下より領国宰相の大任を受けながら、何の力にもなれず非才のみを恥じるばかり!」


 援軍二千はありがたいが、大勢を覆す程のインパクトはない。

 いや、待てよとハルトは尋ねる。


「プレシー宰相。今、王国北方の貴族たちは中立を保っていると言いましたか?」

「ああ、口先では忠義を言いながら、みんな領地に引きこもっておるわ。あいつらは自分だけが可愛いのだ! 王都が賊軍に囲まれてオズワール王子だけならまだしもラウール陛下まで危機に晒されているというこの状況で……」


 そうか。

 周辺の大貴族はまだ動いていないのだ。


「プレシー宰相、お手柄です。貴重な情報をありがとうございます」

「えっ?」


 ハルトの言葉に、姫様が喜んで尋ねる。


「ハルト、なんとかなるの?」

「少なくとも不明瞭だった部分はだいぶ埋まりました。とりあえず、やれるだけやってみましょうか」


 手元の戦力は、王国北方軍一万、ハルト大隊三千、アルミリオン伯爵家からの援軍が二千。

 それに対して敵は、農民反乱軍だけでも十二万を超える勢いだという。


 厳しい戦いだが、これ以上敵が増えないならなんとかなりそうだとも思う。

 まずは、こちらもオセロの石を黒から白にひっくり返してやることだ。


「よくわからないけど、やったわ!」

「それじゃあ、まずはミンチ伯爵のところに行きましょうか」


 ラスタンも捨て石として利用したミンチ伯爵。

 とんでもないバカではあるが、だからこそ使いやすい。


 神輿みこしは軽くてバカがいいとはよく言ったものだ。

 南方の大貴族であり、名目だけでも反乱鎮圧軍三万の将となっているミンチ伯爵をここで利用しない手はなかった。

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