第48話「獣人戦士団の攻撃」
千人を数える獣人族の戦士団は、林の中に潜み敵を待ちわびていた。
王国北方軍は、精鋭の騎士ではあるが、たかだか三百騎。
「今こそ獣人族の名を天下に響かせる時だにゃー!」
獣人族の族長の娘、ニャル・テレオンは両手に輝く白刃を構えて叫んだ。
ニャルは、最強と名高いサーベルタイガーの獣人なのだ。
その配下の者も、高い攻撃力と俊敏さを兼ね備えた猛獣系の獣人たちで構成されている。
族長の娘であるニャルの叫びに、若い獣人戦士たちもいきり立った。
「がぉおおおお!」
よしよしと、ニャルはうなずく。
獣人たちの村は女系社会であり、女が長に立つのが習わしだ。
やはり男をやる気にさせるのは、女なのだ。
勢いづいたニャルたちは迫りくる騎士と互角の速度で、林の中を駆け巡り、その超人的な脚力で高々とジャンプして先頭を駆け抜けてきたルクレティアと斬り結んだ。
「来たわね、ええいっ!」
「ニャニャニャニャニャー!」
お互いの剣がぶつかり合い、火花が散る。
いつもどおりルクレティアが騎馬突撃で鎧袖一触にするかと思いきや、林の木々を蹴って飛び回り、双刃を巧みに操るニャルの動きに翻弄されて、馬の脚が止まった。
ニャルだけでは力不足でも、たくさんの獣人たちがビュンビュン林の木々を飛び回って襲ってくるので、姫様でも防戦するのに必死だ。
「なんなのよ。こいつら、ちょこまかとウザったい!」
「ニャハハッ! ニャルの
平地で戦えば圧倒的に有利なはずの騎士隊だったが、ここは獣人の林であった。
木々を巧みに利用する獣人の戦士に比べて、騎士の足は止められ、その突撃力を全く生かせないでいる。
それどころか、数で勝る獣人たちの勢いに次第と押され始めた。
明らかに戦況は王国北方軍に不利。ここらへんでいいかと、エリーゼが叫ぶ。
「姫様! やはり林で戦うのは無理です。ハルト様のいる平地まで下がって応戦しましょう」
「このまま下がるなんて嫌よ! せっかくハルトが先陣を任せてくれたのに!」
姫様はやはり作戦を理解していなかった。
ハルトは、勝てそうになかったら下がれと言っていたのに引くつもりがないらしい。
仕方ないと、エリーゼは機転を利かせることにした。
「そうですよね姫様。このまま勝てずに引いたら、ハルト様にお仕置きされるかもしれませんからね!」
「えっ、お仕置き?」
そう聞いて、姫様の頬が朱に染まる。
「このまま下がらないと、無駄な犠牲が出てしまうかもしれませんが、ハルト様のお仕置きは怖いですもんね」
「ハルトのお仕置き、お仕置き……。クッ、仕方ないわ。一旦下がるわよ! 覚えてなさいよ、このニャンコロ!」
お仕置きというフレーズが、姫様の琴線に響いたのか。
エリーゼの説得に渋々としたがって、姫様は
地形に勢いを殺されて困り抜いていた騎士隊は、姫様の命令に従って整然と後退していく。
「やったニャー! これでニャルたちの勝利ニャ!」
「がおぉおおおん!」
獣人の戦士たちは、敵の騎士隊を追い返したのに、なぜか追撃をしない。
勝ったと思ったらそれで喜んで、戦を終えてしまうのが獣人の単純さだった。
この辺りの生来の飽きっぽさ、戦術思考のなさが、ただの人間よりも高い身体能力を誇りながら王国軍に後塵を拝すことになった原因でもある。
そうして、今回も同じ失敗を繰り返すこととなる。
ドン! ドン!
何やら、耳をつんざく破裂音が向こうの丘から聞こえてくる。
聴覚が敏感な獣人たちは、耳を抑えて悲鳴をあげる。
「なんなのニャー!」
ドカン! ドカン!
次に起こったのは爆発だ。
こんな化け物じみた衝撃を受けたのは初めてだ。
ニャルは、思わず持っていたサーベルを取り落としてしまったほどだった。
「大変です、ニャルの姉御!」
「なんなのニャー。このでかい音は、フギャー!?」
なにが大変なのかと、振り返ったニャルにも、その事態は一目瞭然だった。
後方にある獣人たちの村の方から、盛大な火柱が上がっている。
ざわざわと、獣人の戦士たちが騒ぎ始める。
「なんだあの火の出る筒は!」
「ニャルの姉御、俺たちの村が燃えてる! どうしたらいいんだ!」
獣人の戦士たちは、勇敢だが臆病でもある。
鋭い感覚を持つがゆえに、激しい音や光に弱いのだ。
「アンギャー!」
丘から撃ち込まれた火の雨は、着弾するたびに爆発で大地を揺らし、獣人の村を赤々と炎上させた。
この世の終わりのような激しいショックに、ニャルは悲鳴を上げながらブルブル震えて、全身の毛を逆立てたと思うとぐったりと失神した。
「あ、姉御!」
生まれて初めて見る砲撃に対して為す術がない獣人の戦士団は、完全に狼狽して行動不能に陥ったのだった。
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