第49話「獣人降伏」

 騎士隊を率いた姫様は、整然とハルトのところまで撤退してくる。


「姫様ご苦労様でした」

「ハルト、ごめんなさい。負けてしまったわ。私は将として、甘んじてハルトのお仕置きを受ける覚悟よ」


 姫様は速やかに戻ってきたかと思うと、ハルトの眼の前に下馬して、なぜかハルトにお尻を突き出して、頬を赤く染めて内股になってもじもじする。

 なんだこれ。謎の動きに、ハルトも若干引く。


「いや、なにをおっしゃってるんですか。姫様たちが敵を引きつけてくれたおかげで、この戦は勝ちですよ」

「へっ? お仕置きのお尻ペンペンは?」


 キョトンとした顔で姫様が聞いてくるので、お尻ペンペンって、一体何の話だ。

 エリーゼは、なんと言って姫様を説得したのかと疑問に思ったが、無事だったのでまあいいだろう。


「よくわかりませんが、勝ったのでそれは無しの方向で」

「えー、そんな!」


 そこに、殿しんがりを務めたエリーゼも、颯爽とハルトの元に戻ってくる。


「エリーゼも、ご苦労でしたね」

「はい、総員退避完了しました!」


 すでに、丘の上から激しい砲撃が始まっている。

 騎士隊が、前面の戦士団を引きつけている間に丘に登った砲兵隊が、獣人の村に砲撃を行ったのだ。


 ピッチ油を使った新型の焼夷弾が、盛大に炸裂して派手に火柱が吹き上がっている。

 獣人相手ならどうやっても勝てる相手なので、実戦テストも兼ねてだが、ピッチ油がちゃんと燃えてるようで何よりだ。


「もうやめてくれ! 我々は降伏する!」


 村が燃えてしまっては帰る場所がなくなると、獣人の戦士団はハルトの予想通り一斉に戦意を喪失した様子である。

 白旗を上げて、獣人の戦士団が林から出てくる。


 戦士団の代表だというぐったりと気絶している獣人族の女戦士ニャルが、タンカでハルトの眼の前まで運ばれてきた。


「よろしい、降伏を受け入れますよ」


 ハルトが、信号弾を打ち上げると丘からの砲撃が止まった。


「う、うにゃあ……」

「獣人族の代表、ニャル・テレオンさんですか」


「ハッ、あの火の出る筒は何なのニャー! 酷いニャー!」

「こっちとしては、お互いに一番被害がない方法を選んだつもりなんですけどね」


「あれで被害がないわけないニャー! ダルトン代官より怖いニャ! お前は悪魔ニャ!」

「派手な見た目ほど被害は出てないですよ。林の消火活動も手伝ってあげますから」


 こちらの支配下におけば、獣人の生活も立ててやらねばならないのだ。

 大きな被害を出せばその分こっちも困るので、集落に直撃させてはいないつもりだ。


「だから、軍師ハルトに逆らうなと言ったじゃろが」


 ハルトの傍らにいた、ドワーフのドルトムが呆れたように言う。


「だって、ダルトン代官は王国北方軍に勝ったら、ニャルたちを属領の支配者にしてくれるっていったニャー。ニャルたちは偉くなって、お腹いっぱいご飯も食べられるニャー!」


 そういうことだったのかとハルトは呆れる。

 たとえ嘘でも、代官に脅されて無理やり従わされていたとか言っておけばいいものを。


 獣人は単純だと聞いたが、予想以上だった。こいつら、本気でなにも考えない。

 まあ、それならそれで話が早い。


「こっちに味方して従軍すれば、もちろんご飯は腹いっぱい食わせますよ」

「ニャンにゃと!」


「ちゃんと給金もだしますよ」

「お金もくれるかニャ!」


 今回の作戦は人手がいくらあっても足りないので、獣人たちを雇うのもいいだろう。


「とりあえず消火活動をしなきゃなりませんし、この後も作業が山積みなんですよ。村の建物とかも直してあげますから、さっさと決断してください」

「しょうがないニャー。そこまでいうなら味方してやるニャー。ニャルは、こう見えても強いニャぞ。サーベルタイガーの獣人ニャぞ」


「えっ、どう見ても猫型獣人にしか見えないんですが」

「猫じゃないニャー、スピードとパワーを兼ね備えた最強の戦士ニャぞ!」


 どう見ても、サーベルタイガー型の獣人には見えない。

 猫じゃないなら、ニャーニャー言ってるのは何なのだ。


「そもそも、サーベル要素はどこにあるんですか」

「ニャー! ニャルのサーベルがないニャー!」


 部下の戦士が、これこれとニャルの愛用のサーベルを持ってくる。


「危なかったニャー。これがないと、ただの虎だからニャー」


 いやだから、サーベルを両手に持ってるからサーベルタイガーって理屈もわからないし、それ以前にただの猫にしか見えない。

 ツッコミどころが多すぎる。


 ハルトの天与の才能タレント卓越した知性を持ってしても、獣人という種族がどうもよくわからない。

 まあいいかと、獣人のレベルに合わせてハルトの方も深く考えないことにした。


「じゃあ、その最強のスピードとパワーで消火活動をお願いします。このままだと村が丸焼けになっちゃいますからね」

「フギャー! そうだったニャー。みんな急ぐニャー! ダッシュダッシュ!」


 こうして、獣人総出で林の消火活動が行われるのだった。

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