第15話「ハルトの対策」
姫様をなだめすかして帰らせた後、クレイ准将がハルトに打ち明ける。
「ノルト大要塞の敵軍に、帝国本国から増援の兆しがあるようです。しかも、かなり大規模にです」
「なんですって?」
クレイ准将は、敵の大要塞に情報網を作っている。
軍事施設とはいえ、ノルト大要塞は領地を治めるミスドラース伯爵の居城でもある。
詰めている貴族や兵卒たちにも生活がある。
それらにサービスする市民たちも集まって、自然と街ができている。
人の出入りがあれば、密偵も入りやすくなる。
しかし、大防壁の向こう側の情報がこうも早く入ってくるというのは、かなりの予算をかけている。
老練なクレイ准将は、この世界には珍しく情報の大事さを知っている数少ない智将の一人であった。
そして、その貴重な情報を惜しげもなく
クレイ准将は、軍師ハルトこそ国を救う本物の英雄だと信じた。
年老いた自分はいずれ退役する身でもあるし、そのときはハルトに自分の持つ諜報網を引き継いでほしいとも考えていた。
「最初は、単に土砂崩れが起きたことに対する食糧や水の救援かと思っていたんですが、それにしては送られてくる兵の数が多すぎるようです」
食糧や水が不足しているのに、さらに要塞の人員を増やすというのは尋常ではない。
「近々、こっちに攻勢があるってことですか?」
「そのような予想もされますな」
「また、面倒なことになりましたね」
被害が出たら内政に励むのが普通だろうに。
敵も味方も、軍人というやつはどうしてこう戦争が好きなのか。
「まったくです。姫様にこんな話をすれば、また戦争だと張り切ってしまわれるので」
なるほど、それでこの話を聞かせなかったわけか。
あのやんちゃな姫様は、金だけ出してくれればそれが一番いい。
「経費もいただいたことですし、必要な対策はしておきますよ」
「また何か策がございますか」
クレイ准将は、期待に満ちた眼でハルトを見る。
「そうですね……准将に調べていただいた情報によると、大要塞の領主ミスドラース伯爵と、帝国本国から来ているドハン将軍は仲が悪いみたいですね」
資料をめくりながら、ハルトは策を巡らせる。
「さようです。小心で
門閥貴族派のミスドラース伯爵の要塞防衛軍と、皇太子派のドハン将軍の帝国駐留軍。
今はバランスが取れているところを、さらに帝国本国からの増援があれば、そう疑うのも無理はない。
「そこは付け入る隙にはなりますね。例えば、『王国を攻めるのは口実で、実際は要塞を占拠して領地を召し上げるのが皇太子派の狙いだ』と噂を流すことはできますか」
反間の計略。
孫子の兵法である。
「それは可能です。ただ、ミスドラース伯爵もバカではないので、それで王国側に内応したり、帝国に反乱を起こすところまではいかないと思います」
「いや、そこまでは結構です。勝ちすぎても良くないですから、伯爵が疑心暗鬼になって、敵の戦力が二分されれば十分でしょう」
それなら、片方を潰せば済む。
「勝ちすぎを心配されるとは! もしや、ドハン将軍の侵攻に対しては、すでに必勝の策をお持ちなのですか?」
そう尋ねられて、ハルトは自信ありげにうなずく。
なにせ凄い資金をもらってしまったから、ハルトも気張らざるを得ない。
金と人手さえあれば、たいていの材料は集められるのだ。
この際だから、黒色火薬から一気に無煙火薬まで進化させてしまうか。
ニトログリセリンの取扱には重々に注意しなければならないが、
ただ、製造は自分の手の中に収まる小規模にしておこうと、ハルトは思う。
どれほど情報漏えいに気を配っていても、いつか情報は漏れるものだ。
この世界の人間は、科学的な基礎知識を持たない。
わけのわからないことは、なんでも女神の奇跡か魔法と解釈してしまう(実際に、魔法があるのだから当然だが)ので、そう言っておけば当面は誤魔化せるだろう。
しかし、ずっと先を考えれば、いずれ敵も火器の重要性に気がついて、戦争はさらに激しくなる懸念が大きい。
元から怠け者ということもあるが、ハルトは戦争なんか頑張ってやっても誰も得しないと思っている。
だから積極的に仕事したくないということもあるのに、それでも攻めてくる敵には対処せざるを得ない。
なかなか上手くいかないものだ。
「ええ、敵の進撃に備える策ならありますよ。近くの村か、この街に侵攻する予定であれば取るルートは限られてきますから、迎え撃つのは簡単でしょう」
その点は、地形が
「さすがはハルト殿。その作戦でも、私がお手伝いできることがありますでしょうか」
「では、敵の進撃ルートと予想される……ここの地点に立て札でも立てて、立ち入り禁止にしてください」
付近の地図を広げて、ハルトはクレイ准将にそう依頼する。
味方が入ったら危険ですからよろしく頼みますよと、ハルトは笑うのだった。
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