第16話「俺も知らなかった、ドワーフの鍛冶のズルさ」

 馬車に姫様からもらった山のような金貨を積んで、俺はドワーフの鍛冶屋ドルトムの工房に足を運んだ。

 ご機嫌伺いなので、もちろん王都から取り寄せた強い酒も持ってきている。


 工房は活況に満ちていた。

 もともと、街一番の鍛冶屋だったのだが、今は工房から外にまではみ出して、作業しているドワーフたちでいっぱいだ。


 せっせと、マスケット銃の生産に励んでくれているようだ。

 ドルトムが呼んでくる職人は、みんな腕が良い。


 名工は名工を知るってことなのか。

 それはいいのだが、外で作業されると情報漏えいが怖い。


 面倒くさいので任せていたのがいけなかったな。

 これは早めに対処しておかなきゃならない。


「邪魔するぞ、ドルトム」

「おう、お前さんか! そりゃ、おかげさんで大口の仕事が入ったからのう。ウハハハ!」


 ドルトムが作業の手を止めて、白い髭を手でしごき、やけにそわそわと機嫌良さそうだ。


「金がたんまりと入ったから前金も含めて払うぞ。新しい依頼も頼みたい。なあ、思うんだがいっそ工房を移して……」

「仕事の話はあとじゃ! それより、強い酒を持ってきたんじゃろ。もったいぶるな」


「……それも持ってきたけど」

「ほらきた! そら、いつまでもそんなところに突っ立っとらんと、お客さんなんじゃから奥に入らんか」


 さあ入れと、応接間に案内されて、下にも置かない歓迎を受ける。

 馬車から運び込まれる山と積み上げられた金貨には目もくれず、酒の入ったボトルに飛びついた。


「やっぱりドワーフは、金より酒なんだな」

「金なぞ、どうでもいいわい。飲んでいいんじゃな?」


「ああ、まず味見してみてくれ」


 ハルトも、少し緊張して見守る。

 ドルトムがハルトの持ってきた酒を気にいるかどうかで、今後の成否が変わってくる。


「ひゃー! 美味い!」


 無色透明の酒を一気に飲み干したドルトムは、ほんとに美味そうな顔をした。


「気に入ってもらえたようで嬉しいよ」

「喉を焼くように熱い良い酒じゃ。飲み干した後に、鼻にぶどうの風味が抜けるの。これは、ブランデーという高い酒か」


 ほう、さすが飲ん兵衛だな。

 ワインを蒸留させて作るブランデーは、この世界でも貴族の口にしか入らない高級品としては存在する。


「これは、残念ながらブランデーじゃないんだ。ワインを作った後の絞りカスを集めて発酵させたアルコールを蒸留して作った、かすとりブランデーなんだよ」

「ほほう!」


「いずれ、ブランデーも持ってくるつもりだが、それを作ったときはまだ全然元手が足りなくてな」


 なんとか安価な材料で高く売れる酒を作れないかと、必死に頭を絞って考えたものだ。

 上質のブランデーは、醸造に時間がかかるのでまだ持ってこれない。


「いやいや、これで十分。飲んだことのない味じゃし、何よりも創意工夫が面白いではないか。やはり、お主はワシの見込んだ通りの男じゃったな!」


 いや、それドルトムが酒が好きなだけじゃないかと。

 まあそんなに喜んでくれたら、作ったこっちとしても嬉しい。


「創意工夫といえば、こっちのリキュールはどうだ」

「ほう、こっちは酒に香草や果実が漬け込んであるのか。ふむ、それぞれに風味がある」


 より付加価値を付けるために、頑張っているわけだ。

 俺の好みで、焙煎したコーヒー豆を漬け込んだカルーアまである。


 これは、少なくともまだこの世界にはまったくない酒のはずだ。


「さて、材料は揃えてきたから、今からカクテルを作るからな」


 俺は女神から与えられた才能のおかげで、前世で見たものは全て記憶から引き出せる。

 あんまり難しいものは、技術的に無理だが、砂糖やミルクや酸味のある果実の汁を混ぜるだけでも面白い味付けはできるものだ。


「うむ、こんな面白い飲み方があったとは驚かされた。いいもんを飲ませてもらった。これからは、ワシらもこういう工夫で飲んでみよう」


 カクテルを作る道具をもらっていいかと聞かれたので、もちろんとうなずく。

 これからドワーフの間で流行るかも知れないな。


 さすがに今日は疲れたなと一息つくと、カクテルを作るのも手伝ってくれていたメイド姿のエリーゼが、さっとコーヒーを入れて出してくれる。

 やはり、コーヒーは頭が冴える。


 一口飲んで、もう一仕事。

 ドルトムを説得しなきゃならないことがある。


「酒も十分堪能したところで、また作って欲しいものがあるんだが」


 ハルトは、設計図を広げる。

 ドルトムがとたんに仕事の顔になる。


「また、いろいろと難しい注文をしてくれるの」

「簡単なものからでいい。こっちを優先で頼む。どうやら、敵の侵攻が近いそうなんだ」


「誰に言っとるか、ちゃんと納期には間に合わせて見せるわい」


 ほんとに頼もしい。


「なあ、ドルトム。前から気になってたんだが、こんな硬い鋼をどうやって加工しているんだ」


 現代の銃は鋼鉄製だが、それは鋼にレアメタルを添加した工具鋼があるから加工できるのだ。

 この世界の技術では鋼の加工が難しいので、それより柔らかい錬鉄になるはずなのだ。


 それなのに、平然と鋼鉄製の銃を作ってきたから気になって仕方がなかった。


「どうやってて、アダマンタイトの工具に決まっとるじゃろ」

「アダマンタイト!」


 そうかー、アダマンタイトか。

 そりゃ俺も、アダマンタイトはよく知ってる。


 さすがはファンタジーと納得したいところなのだが……。


「でも待てよ。じゃあ、アダマンタイトはどうやって加工してるんだ?」


 アダマンタイト製の装備とかあるけど、あれどうなってんだよ。


「なんじゃそんなことか、おーいレコン!」

「あーい、なんじゃね」


 ドルトムに呼ばれて、女性のドワーフが出てきた。

 ちなみに髭は生えてない。


「ワシのかみさんじゃ」

「かみさん!? なんだドルトム結婚してたのか!」


「ワシが結婚しとったらおかしいのか」

「いや、おかしくないけども」


 結婚してるってイメージがなかったんだよな。

 そりゃドワーフだって家族も子供もあるだろう。


「レコン。ワシらの雇い主が、アダマンタイトはどう加工しとるか聞きたいそうじゃ」

「そりゃ鍛冶魔法じゃね」


「鍛冶魔法!」


 ドワーフだけで技術を独占しているため、一般にはあまり知られていないことだが。

 アダマンタイトは希少な魔石の一種で、鍛冶魔法の魔力を通すと変形するので、それで鍛冶道具を作っているらしい。


 ドルトムの奥さんは、一子相伝いっしそうでんの鍛冶魔法の使い手で、アダマンタイト技師をやっているそうだ。


「なんか、ズッこいな」


 硬い鋼鉄でもバリバリ加工できる超硬工具。

 そりゃ、こんなチートが使えたら、人間の鍛冶屋が太刀打ちできるわけがない。


「何を言っとるか。この設計図にあるドリルで鉄柱に穴を開ける工夫とか、ワシらは初めて知ったんじゃぞ。ワシらに言わせれば、お主の天才的な発想のほうがよっぽどズルじゃろ」


 そう言って、ドルトムは笑った。


「なあ、ドルトム。さっき言いかけたことなんだが、このドルトムの鍛冶屋ごと全員を専属で雇えないだろうか。扱ってる品が品だから、今みたいに外で作業されるのはマズい。街の郊外に秘密の鋳造所を作って、軍事機密を外に漏れないようにしたいんだ」


 もともと、ドルトムは王国軍の仕入れ業者だから、この辺りの話はわかってくれるはず。

 機密性が確保できたら、もう弾丸の製造も任せてしまおう。


 火薬を扱う武器も増えるので、街中で実験するわけにもいかないから試験場も作るつもりだ。

 ハルトがそう言うと、ドルトムは少し考え込んだように瞑目して、白い髭をしごいた。


「……お主は、酒は飲まんのか?」


 ドルトムが、リキュールのボトルを手に取る。


「少しは嗜む。いでくれるというなら、ここにそそいでほしい」


 ハルトはコーヒーの飲み残しに、砂糖をたっぷりと入れて、そこにリキュールを注いでもらった。

 一口飲むと、喉が焼けるように熱くなる。


 たまには、強い酒も悪くない。

 口に広がる程よい甘さとビターな味わいが、後味を良くしてくれている。


「……美味いな」

「ほお、それはコーヒーといったか。それと混ぜる飲み方もあるんじゃな」


「ドルトムも、やってみるか。少量のコーヒーに溶けきれないほど砂糖を入れて、リキュールを入れて飲むんだ」


 コーヒーを少なめにして砂糖を多めに入れないと、慣れないドルトムには苦いだろうからな。

 ハルトは、ドルトムの分を作ってやった。


「うむ、これはなんだか落ち着く味じゃな」

「悪くないだろ?」


「そうじゃな、悪くない。それで、ワシらを美味い酒と仕事に一生困らんようにしてくれるという話じゃったか?」

「ああ、そうだ」


「無茶な注文でこき使われるのは玉に瑕じゃが、お主の仕事は退屈だけはせんからな。いいじゃろう、その話を飲んでやろう」


 ドルトムは、グッと酒いりコーヒーを飲み干す。

 そうか、固めの盃だったのか。


 ハルトもそう気がついて、コーヒーカップに残った残りの酒を一気にあおるのだった。

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