第13話「ノルト大要塞の内情」

 王国軍は、渋る姫将軍ルクレティアをなだめてなんとか撤退。

 こうして三度目のノルト大要塞攻防戦は、両者痛み分けの結果と終わった。


「クソが! なんで後詰めの軍がこない!」


 前線に出ていた帝国駐留軍司令官ドハン将軍は、せっかくの反攻のチャンスを潰されて猛り狂っていた。

 もとより猛将ドハンの性分にあってない防戦。


 それでも、我慢に我慢を重ねて今日こそ王国軍を壊滅せしめると思ったものを。

 あと一歩のところで、取り逃がしてしまった。


 鉄壁のノルト大要塞を背景に、王国軍八千に対して一万の軍勢を持つ有利な帝国軍だが、問題がなかったわけではなかった。

 帝国から派遣されている皇太子派の猛将ドハンと、ノルトラインを治める領主であり要塞防衛軍司令官でもある、門閥貴族派のミスドラース伯爵に指揮権が二分されている。


 軍権の二分は、最悪である。

 本来はどちらかが上に立つべきなのだが、革新的な皇太子の元で主流となった帝政強化派と、帝政強化に反抗する門閥貴族派で、地方領地における帝国軍は分裂の問題を抱えていた。


 猛将ドハンは、ノルト大要塞の楼閣にある司令本部に駆け込むと、ミスドラース伯爵に掴みかかる。


「ぶ、無礼ではないか!」


 なにが無礼か!

 相手が同格の司令官でなければ、そのまま殴りつけているところだ。


「ミスドラース! この臆病者が! 貴様が後詰をよこせば、今頃王国軍を討ち果たし、あの面倒な姫将軍の首は取れていたのだぞ!」


 ミスドラース伯爵は、前線で戦わぬから知らぬのだ。

 あのバカげた突撃を行い、王国軍の士気をあげる姫将軍ルクレティア・ルティアーナがどれほど厄介な敵か。


 ノルト大要塞のパルメニオン砲台がなければ、単純な士気の違いという戦術もへったくれもないわけのわからない理由で、負けていたのはドハン将軍かもしれない。

 ローミリス大陸において、女の指揮官は危険なのだ。


 歴史上の戦史でも、聖国の聖女が大陸全土で信仰されている豊穣の女神ミリスの化身を名乗り、神兵を率いて、帝国に反抗して凄まじい被害を与えた事例もある。

 姫将軍ルクレティアも、女神ミリスの化身ではないかと噂する者が出てきている。


 この大陸に、皇太子殿下以外のカリスマは不要。

 今のうちに芽を潰しておかねば、後顧の憂いとなる。


「イレギュラーが起こったのだ! いきなり後方で土砂崩れが起きたのだぞ。防壁にも被害が出ていたのだ」

「それが、敵の策なのかもしれんだろうが!」


 ドハン将軍がそう言うと、ミスドラース伯爵は虚を突かれて笑い始めた。


「ウハハハ、ついに頭でもおかしくなったのかドハン将軍。人間が大要塞を崩せるような土砂崩れを起こせるわけがないだろう」

「ぐう、しかしだな……」


「たとえ帝国随一の魔術師でもそんなことは不可能だ。敵の仕業というのならば、どうやったのか説明してもらうか」

「どうやったかわからぬ! しかし私は見たのだ。激しい火と煙が出る棒を持つ集団を……あれは、グレアムを倒した『幻の魔術師』の仕業に違いない」


 次の大将軍とも目されていた、天才グレアム将軍を打ち倒した謎の敵。

 その数は三百もいた。


 魔術師は、大陸全土で二千人しかいないのだ。

 そのような数の魔術師を、ここに集められるわけもない。


 どのような方法でかはわからぬが、不可能を可能にする敵がいるとすれば、今後の帝国の進撃を阻む大きな脅威となる。


「『幻の魔術師』なあ、貴公ら皇太子派の将士は、盛んにそれを口にしているようだが、見えぬ影に恐れる貴公らこそ惰弱ではないのか」

「聡明にして偉大であらせられる皇太子殿下は、将来の憂いを取り除こうとしているのだ!」


「フン、貴様らはすぐ殿下、殿下だな」


 開明的な皇太子は、身分の低い騎士や平民であろうとも、能力を示せば取り立てる。

 下級騎士からの成り上がり者であるドハンらにとって、皇太子は自らを引き上げてくださった偉大なる指導者カリスマであり、門閥貴族のミスドラース伯爵から見れば階級秩序を乱す、邪魔で仕方がない若造だ。


「なにを! ミスドラース伯爵! 偉大なる殿下に対する侮辱は許さぬぞ」

「侮辱したわけではない、私とて帝国の臣よ」


 少なくとも形の上はなと、ミスドラース伯爵は内心でほくそ笑む。


「ならば、なぜ軍を出さなかった! 貴様さえ軍を出せば『幻の魔術師』も打ち倒せていたのだぞ! これ以上の機会はなかった!」


 うるさい蝿めと思いながら、ミスドラース伯爵はうんざりといった表情で手を払った。

 言ってやらねばわからぬようだ。


「要塞防衛軍は、貴様らよそ者の兵とは違うのだ。大要塞は、我らノルトラインの民が住む領地でもある。それが破壊されるのを見てしまっては、無理に出撃を命じても、浮足立ってまともに戦えた状態ではなかっただろうよ」

「ぐぬぬ」


 ドハンとて愚将ではないので、その言い分は理解できた。


「何をそんなに焦っているか知らぬが、どんな敵が来ようと、この鉄壁の大要塞さえあれば負けることはないではないか。そうやって百年、わがノルトライン伯爵家はこの地を守り続けてきたのだぞ」

「……もういい、貴様と話していても埒が明かない」


「それはこちらのセリフだ。ついでに、言わせてもらうがな、こっちは戦争のことだけ考えていればいい貴様らとは違うのだぞ」

「どういうことだ?」


「わからんか戦争バカめ! 土砂で崩れた防壁や街の補修にいくらかかるか。いや、その前に食料庫も押し流されてしまったので食糧が不足する。飲水すら不足する恐れもある! こっちは貴公の相手などしている暇などないのだ」


 そう言われてしまうと、猛将ドハンも黙らざるを得ない。

 兵站などの雑事は、幕僚に任せっきりにしている。


「それも皇太子殿下にお願いして、本国より送ってもらえれば……」

「また殿下か! 貴公はそれでいいかも知れないが、私としては帝国本国にあまり借りを作りたくない」


 門閥貴族であるミスドラース伯爵には、領地の独立性を守りたいという事情もあった。

 ドハンの言う脅威などより、そっちのほうがよっぽど大事なのだ。


 我が物顔で領地を踏み荒らすドハン将軍が、やがて領主である自分に取って代わるのではないかという不安もあった。


「駐留軍司令官である俺が要請するのだから構うまい。このノルト大要塞は帝国の守りのかなめ、決して殿下もなおざりにはすまい」

「なら文句も言えぬが……」


 やはり、ドハン将軍とミスドラース伯爵は反りが合わない。

 それでも最小限のすり合わせは行った。


 ドハン将軍は、ただちに帝都の皇太子殿下に救援を求めるために司令部を後にした。

 わかったことは、ミスドラース伯爵の子飼いの軍は、肝心なときに戦力にならないということだ。


「このままにはしておかぬぞ。待っておれよ、『幻の魔術師』め!」


 物資だけではない、この際だから帝国軍からの大増援を要請するのがいいだろう。

 皇太子殿下も、可愛がっておられたグレアムを倒した『幻の魔術師』のことはたいそう気にされておいでだったから、この機会に一気にかたをつけるドハンの作戦に賛同してくださるはずだ。


 グレアムのかたきは、このドハンが取るのだ。

 そして、次の帝国大将軍には俺がなると、ドハンは心に誓った。

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