第11話「それは愚かなほどに真っ直ぐで、あまりにも美しい」
「
先陣を切る、姫将軍ルクレティア・ルティアーナが吠える。
その澄んだ掛け声に、傍らの騎士たちは地を揺らすほどの叫びでドッと応えた。
「我らが姫様に勝利を!」
「将軍っていいなさいって言ってるでしょ! もう征くわよ!」
陽気な騎士たちは、高らかに笑いながら我先へと敵の陣へと突入していく。
ルクレティアは、自分が猪突姫と揶揄され、愚将と思われていることを知っている。
このレギオンの街の北方軍司令官に着任して、攻めること三回。
その猛攻の甲斐はなく、敵の大要塞はびくともせず。
攻城兵器の三割を失い、兵を一万から八千にまで減らしている。
それでも、猪突姫には戦う大義があった。
ノルト大要塞を構えて圧倒的に有利な帝国は、王国側の村々を略奪していたのだ。
どれほど必死にルクレティアが巡回しても、阻止することができなかった。
王国軍を誘い出す挑発。
村を一つや二つ焼かれた程度で、軍を損耗するなどあまりにも愚か。
そんなことは知ってる! そんなことは百も承知!
「それでも、民を守らずして、何が王国軍なの! 私は絶対に帝国を許さない!」
美しき姫将軍は、帝国騎士の略奪に傷つく民の姿に涙し、暴虐の帝国を倒すことを固く誓ったのだ。
そうして敵の剣の前に、矢の前に、その玉体を晒すことを決して厭わなかった。
ルクレティア姫は正義だ。
それは愚かなほどに真っ直ぐで、あまりにも美しい正義そのものだ。
その愚かさに心打たれたのは、王国騎士たちだけではない。
もっとも心弱き兵卒、徴募された農民たちまでもが、恐怖に歯を食いしばり、涙を流しながら、それでも姫のために粗末な手槍を構えて敵の軍馬にも身を晒す。
「姫様を泣かせるな!」
民を想い憂う姫を泣かせぬために、民も兵も皆が代わりに泣く。
姫は、民のために命をなげうつ。
ならば、民が姫のために命をなげうたぬわけがない!
「なんだ、雑兵どもが、ぐはっ!」
帝国最強の鉄騎兵が、たかだか手槍を持った雑兵の群れに押されている。
こしゃくなと剣を振るうが、次々と殺到する粗末な槍に突きこまれて、陣形が崩されていく。
「うぁぁあああ!」
「バカな! 殺されに来てるのか、こいつら正気か!」
それは、姫将軍ルクレティアの兵と相対した敵にしかわからない恐怖。
帝国最強の鉄騎兵団が密集陣形で突撃しても、雑兵が容易に散らばらないのだ。
ありえぬ動き。雑兵が命をかけて戦うなど、ありえぬことなのだ。
まるで聖国の神兵を相手にしているような不気味さがある。
騎士が雑兵をいくら倒しても、何の誉れにもならぬ。
馬でも傷つけられれば、それだけで大損だ。
雑兵ですらこれなのだから、王国騎士の
雇われの傭兵ですら、この流れに押されて姫将軍の指揮下では動きがいい。
結果として、帝国軍の戦線はじわりじわりと押されて後退し、脆くも崩れた。
※※※
「思ったよりも、ずっとやりますね」
まずは姫将軍のお手並み拝見だと、軍師らしく後方の馬車から戦況を見ていたハルトは、そのあまりの戦いぶりに舌を巻いていた。
正直に言って、ここまで勝つとはちょっと想定外だ。
姫将軍が先頭を切って突撃とか、ほんとにアホじゃないかと思うのだが、それがこうも兵の士気をあげるとは思わなかった。
中世の戦いは、個人の武勇で決まることもあると思わされる。
想像を絶するレベルのアホか天才が相手の場合、油断は禁物だなと思わされる。
資料によると、前線に出ているのは、帝国駐留軍司令官であるドハン将軍となっている。
敵将ドハンもそれなりに実績のある、猛将として知られる人物のようだが。
こんな常軌を逸した方法で姫将軍にコテンパンにされると、少し同情してしまう。
おそらく今頃、敵将ドハンは自軍の不甲斐なさに猛り狂っていることだろう。
ハルトの傍らで、ともに戦況を見ていたクレイ准将は言う。
「ここまではいつも勝つのですよ、問題はこの後です」
敵が引くということは、敵のノルト大要塞のパルメニオン砲台の射程距離に入ってしまうということだ。
一方で、こちらの攻城兵器の射程はとてもではないが届かない。
次は、敵のターンとなるだろう。
「ところで、クレイ准将はいかなくてもよろしいのですか」
「私の隊は後詰ですから」
なるほどと、ハルトはうなずく。
いかに奮闘しても、大要塞を正面突破で落とすなんて無理があるからなあ。
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