第10話「俺は知ってるんだ、鍛冶はドワーフに任せておけば間違いない。」
「なんじゃ、ワシに用というのはお前か」
白い髭面、背の低い筋肉質。
初めて見るが、これがドワーフかとハルトはまじまじと見てしまう。
「この街一番の鍛冶屋を探したら、あんたに突き当たったんだよ。鍛冶屋ドルトム」
特にドワーフを探すつもりはなかったのだが、腕のいい鍛冶屋となるとやっぱりドワーフなんだなと唸らされる。
ハルトには、ドルトムの力が必要だった。
パイプオルガンがあるように、鉄砲のパイプを作る技術はすでにこの国はある。
問題は鉄の強度だった。
「ほう、ワシが一番だとなぜわかる」
「これを見てくれ」
このレギオンの街は、一万を超える北方軍の司令部があり、王国軍にはたくさんの武具がいるので鍛冶屋もたくさんいる。
そこで、納品されている武具の強度を調べたのだ。
「試したんだよ。他の武具が火薬で破裂したのに、あんたの作った武具はビクともしなかった。他の鍛冶屋の鋼はまがい物だ。あんたの作った鋼だけが、本物の鋼だ」
「フン。ひょろっとした若造だと思ったが、見かけによらんの。少しは、物の良し悪しがわかる男のようじゃ」
まがい物でも本物でも、王国軍は一緒の値段でしか買い取らない。
それなのに、ドルトムは手を抜かずに本物を作り続けている。
職人としてのプライドがある証拠だ。
ならば、それを褒めるのが一番いいだろうとハルトは計算している。
「あんたに作って欲しいのは、これだ」
マスケット銃の図面を見せる。
ハルトの才能(タレント)卓越した知性は、一度見たものなら再現できる。
銃の図面ならば、眼にしたことはあるのだ。
前世のオタク趣味が、こんなところで役に立つとは思いもよらなかったが。
「これはまた、精巧な細工じゃのう。ネジにバネに、なんて複雑な機構じゃ」
ハルトも、これは完成品を見せただけで、こんなものがいきなりできるとは思っていない。
「無理なら、銃身の部分だけでも構わないんだ」
銃の機構自体は、ハルトにとっては言うほど難しいものでもない。
火薬を爆発させて、鉄球を発射するだけのものだ。
一番の問題は、それに耐えるだけの強度のある鋼が作れるかどうか。
その点、近代設備なしに槌を振るって鋼を作ってしまえるドワーフの技術って、どうなってるんだと思う。
こいつらのほうがよっぽどチートではないだろうか。
「ワシをバカにしてるのか。これぐらいのもの、作ってみせるわ」
マジかと思うが、それを疑義を挟むと機嫌を悪くしそうだ。
「それは凄い。じゃあ十日で三百丁頼めるかな」
「さ、三百じゃと!」
なんか姫将軍が張り切ってて、戦争が近いみたいなのだ。
いま急ピッチで火薬や銃弾も用意しているところだが。
せめてハルトの大隊の人数分ぐらいは揃えないと、なんともならない。
「ああ、武具の納品は他の鍛冶屋にやってもらってこっちに専念してほしいんだ」
「いきなり無茶な注文が過ぎるじゃろ」
「王国軍が払ってる、手当の十倍は出す。一丁で五ミナでどうだ。材料調達の都合もあるから、もちろん先払いで出す!」
ミナは、王国金貨一枚にあたる。
一枚で王国兵士の百日分の日当になる、かなりの高額だ。
こちらも無理な注文をしてるのは百も承知だ。
だから駆け引きなしで、ハルトの出せるギリギリの額を言った。
他の鍛冶屋では無理なのだ。
「確かに、十倍の手当は魅力じゃの。だが……」
ハルトは、ドンッとテーブルの上に、黄金色の液体の入った瓶を置く。
「……なんじゃこれ」
「持参してきた酒だ。引き受けてくれたら、これも付ける」
ドワーフには酒。
ハルトの前世の記憶が間違っていなければ、これこそが必勝法のはず。
「なんじゃこれ、エールを冷やしたら台無しじゃろ」
「わざと冷やして持ってきてるんだ。まあいいから、まず一本飲んでみてくれ」
これは、そこらにあるエールではない。
ハルトが副業として製造しているラガービールなのだ。
この街の金持ちに売ろうと思って運んできたのだが、相手がドワーフなら取引材料になるはずだ。
一口飲んで、ドルトムの目の色が変わった。
「なんじゃこの、淡麗な喉越しは!」
「美味いだろう」
「美味いなんてものじゃない。これはエールとは全然ものが違う!」
「ラガービールって言うんだ」
「うむう、マスケット銃とかいう図面を見て思ってたんじゃが、お前さんはものが違うな」
「だが俺でもこんな上質の鋼は作れない。あんたの力が必要なんだ」
いずれ作ってみたいとは思ってるけど、鉄工場なんて作るのにいくら掛かるんだって話だしな。
そんな金がポケットマネーでポンポンだせるなら、とっくに官僚なんて退職している。
「話はわかった。全部でマスケット銃が三百丁で、千五百ミナじゃな。十日でやってみせようじゃないか」
「自分で頼んでおいてなんだが、ほんとにできるのか」
「ああ、このビールって酒を多く持ってきて幸運じゃったの。こいつを使えば、腕のいい職人は集められるわい。美味い酒に、高額の手当。こんないい仕事を断るドワーフはおらん」
なるほど、ドルトムの知り合いのドワーフの鍛冶屋を集めてくれるのか。
「そうか、よろしく頼む」
「しかし、これは珍しくて良いが、贅沢を言えばもうちょっと度の強い酒のほうが良かったのう」
それほど大規模な醸造所が作れなかったので、貴族に売れるものを優先してたからな。
だが、他の酒もちゃんと用意してある。
「手持ちがないだけで、度の強い珍しい酒もそのうち持ってくるよ」
「なんと! 約束じゃぞ!」
酒の話になると、食いつきが凄いな。
「あと、この話は内密に……」
ハルトがそう言いかけるのを、ドルトムは手で止める。
「わかっとる。これは軍事技術じゃから誰にも言うなじゃろ。ワシらも、王国軍に武具を納入しとる鍛冶屋じゃ」
「わかってくれて、ありがたいよ」
「ワシは個人的にお主に雇われたんじゃし、他の者にも徹底させる。心配するな、ドワーフは美味い酒を持ってくる雇い主には逆らわん」
そのかわり、酒をたくさんもってこいよとドルトムは笑うのだった。
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