第4話「激突五千VS三十、前哨戦」

 カノンの街の住民一万人がまとまって撤退準備を整えるのにかなりの時間がかかってしまった。

 時刻はすでに夕方。


 帝国軍はすでに目前に迫っていたが、脱兎のごとく逃げ出したりはしない。

 ハルトの指揮のもと三十名の兵卒が必死に声を枯らして、荷馬車を中央に隠して整然と行進させるように務めていた。


 その殿しんがりを、軍師ハルトとその従騎士エリーゼはのんびりと歩いている。


 一万人の市民達は、みんな手に手に長い棒を掲げながら進んでいる。

 布を結んで旗のようにたなびかせている者もいた。


「ハルト様、みんなに持たせている棒って、何の意味があるんですか?」

「遠目から見ると槍衾やりぶすまに見えるでしょう。これだけ薄暗くなってくれば余計です。なにせ一万人ですからね、武装した槍兵が整然と行進しているように見えれば、ブラフかもしれないと思っても容易には攻めて来れないものです」


 敵が追撃してくるとしたら先頭は騎兵だろうから、槍兵に注意するのは基本的な兵法だ。


「なるほど、そんな意味があったんですね。さすがハルト様、素晴らしい軍略です!」

「これくらい思いついて当たり前だと思いますけど」


「いえ、少なくとも私では到底思いつきませんでした。これで帝国軍は攻めて来れないですね」


 満面の笑みを浮かべるエリーゼ。


「いや、残念ながら攻めてきますよ。斥候が来ないわけないですからね。遠目からは誤魔化せても、近づいて見られたらハッタリだとバレてしまいます」

「……ダメじゃないですか」


 エリーゼは、満面の笑顔のままで頬をひきつらせて額に汗を浮かべた。


「だから、これを使うんです。ほら、貴女にも一丁上げましょう」

「これなんなんですか」


 馬車に載せられて運ばれてきたのは、金ピカに光った筒状のもの。

 これが、ハルトが事前に用意していた秘密兵器だという。


 かなり不格好で重くはあるが、それは手銃ハンドガンと呼ばれる、使い捨ての単発式火縄銃だった。

 火縄に火を付けてから、ハルトは兵士たちに手渡していく。


 弾と火薬はすでに装填されて、火縄のついた引き金がついているが、銃を知らないエリーゼにはまったく理解できない。


「材料はミリス教会のパイプオルガンをバラして組み立てたんですよね。あんまり使ってなさそうだったので拝借しました」


 さっきなにやらガチャガチャと、街の職人や鍛冶屋を集めて作っていたのはこれだったのか。

 しかし、教会のパイプオルガンをバラしたと聞いて、エリーゼの手は震える。


「ちょっと、教会のってダメですよ!」


 大陸全土で信仰されている豊穣の女神ミリスは大変尊崇されており、略奪しまくる帝国軍でもミリス教会の神物にだけは絶対に手を付けない。

 しかし、教会の権威など知ったことじゃないハルトには関係なかった。


「どうせ街も落ちちゃいますし、バレなきゃいいんですよ」

「バレなきゃって、バチが当たりますよ」


 教会のパイプオルガンをばらした材料で作った手銃ハンドガンを握らされて、エリーゼは震え上がった。

 この人は、なんて恐ろしい人なのだろうと絶句する。


「これは手銃ハンドガンといって、大きな音と煙が出る射撃武器になるんですよ。これが、みんなの命を救うんだから女神様も許してくれるんじゃないですか」

「ああ、慈悲深きミリス様どうぞ我らの罪をお許し下さい。ハルト様の分も私が罰を受けますので、どうかみんなをお救いください」


 敬虔なエリーゼは、その場にしゃがみ込み祈った。


「ちょうどいいですね。そうやって屈んだほうが、多少は命中率はあがると思います。使うときは引き金を引く。クロスボウを使う要領と一緒で簡単です。ほら、そろそろ帝国軍の斥候がお出ましですよ」

「いやぁ!」


 敵の斥候騎兵が、もう目前にまで迫っていた。

 近づいたせいでこちらの槍兵が、ただのハッタリだとバレてしまったらしい。


 行き掛けの駄賃に、こっちを攻撃するつもりなのだろうか。

 完全に舐めてかかってきている。


 こいつらをただで返したら、敵の騎士団が突っ込んできて市民達は瞬く間に蹂躙されるだろう。


「だから、最初に来た敵を徹底的に潰すんです。さて皆さん、もう引き付けるのは十分です。教えた通り攻撃開始してください!」


 手銃ハンドガンの引き金の部分は、クロスボウと同じ物を流用している。

 だから、初めて扱う兵士達にも扱いは容易かった。


 クロスボウと違うところは、その派手な音と煙である。

 たった三十丁の鉄砲でも、その激しい音に慣れていない馬はいななき暴れ、斥候騎兵も腰を抜かす。


「なんだこれは!」

「魔法か、気をつけろ!」


 敵の叫びが聞こえる。

 魔法じゃないんだけど、初めて銃を見るとそうとしか見えないのか。


「きゃぁあああ!」


 女神への祈りが届いたのか、叫びながらエリーゼが撃った弾は、パンと音を立てて敵の斥候騎兵の頭に命中した。

 兜が真っ二つに割れ、そのまま馬からだらりと落ちて、無残な屍を晒している。


「隊長がやられた!」


 帝国の斥候騎兵から悲鳴が上がる。

 正体不明の攻撃に恐れおののき、完全に統率を失った斥候部隊は壊滅状態となって、散り散りに逃げていく。


「エリーゼさん、凄いじゃないですか。敵の隊長を殺ったみたいですよ」

「は、はい!」


「どれ、俺もやってみるかな」


 隊長がやられたと慌てて逃げていく帝国の斥候の背中めがけて、ハルトも狙撃を命中させた。

 バタリと倒れると動かなくなる。


 後には、倒れた斥候と乗り捨てられた馬だけが残っていた。

 パイプオルガンのパイプは柔らかいので一発で破裂してしまうが、火薬はたっぷり詰めたから、弾が当たりさえすれば、軽騎兵のちゃちな鎧など突き破って倒せるようだ。


 実証成功、あとは仕上げを御覧じろか。


「や、やった。勝ったぞ!」


 味方の兵士達が感動の面持ちで喜んでいる。

 ハルトの側に内股で座り込んでいるエリーゼも、自分で敵を倒せたのが信じられないという表情だった。


 だが、まだ喜ぶのは早い。

 斥候を倒しただけで引いてくれるほど敵が聡明であればいいが、愚かな将軍ならばこの程度では追撃は終わらないだろう。


「兵士のみなさん。手銃ハンドガンの用意はまだまだありますから、集まってください」


 ハルトは次の攻撃に備えて、兵士たちに火縄の火の付け方など、手銃ハンドガンの使い方を教える。


「そうだ。市民の皆さんも、勇気のある方は手伝ってくださいますか。こっちは手銃ハンドガンより簡単ですよ。爆弾を投擲とうてきするだけの簡単なお仕事なんでー」


 市民にも戦えそうな男がいるのだから、棒を持たせているだけではもったいない。

 ついでに市民達にも何か新しい武器を使わせてみるかと、ハルトは即興で作った投石紐スリングの使い方をレクチャーし始めるのだった。

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