第67話 滅んでしまえばいい……

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「天子……様。お下り頂いて恐悦ですが、我々はあなた様の力を必要としていません」

「へっ?はっ?必要ない?」

「はい。四凶の猛威を受けていますが、国防は保てています。ですので、天子様の助力は不要です」


 おっとぉぉぉ!こいつら、まじで言っているのかぁ!美嗣は予想外の展開に口をあんぐりさせる。折角天人との仲を取り持ってあげようとしたのに、それを拒否!あろうことか、美嗣達を無視して議題を話始めた。


「それよりも李州の軍備をもっと桃州に割いて貰えないか?混沌が現れる度に、交易路が塞がれて敵わんのだ」

「こちらは毎日、饕餮とうてつの地鳴りに耐えているのだぞ!無理に決まっている!」

「なら、杏州はどうだ!お前達が一番被害が少ない!」

「よく考えてものを言え!うちはバラル帝国への道を維持しているのだぞ!断絶したスヴァーシや旨味のないローブやスーガよりも重要だろう」

「桃州の貿易が金にならないと言っているのかぁ!」


 州長達の言い合いに美嗣は辟易へきえきした。今は何を言っても馬耳東風ばじとうふうだと思い、立ち去ろうとした時だった。


「ふっふふふ……」


 不気味な少女の笑い声に醜い喧騒は鎮まっていく。レイの五色に輝る瞳は、今は桃色を強く帯びていた。


「そなた達はどこまでも浅慮せんりょ愚昧ぐまいであるな。優先すべきは自州の利益と繁栄であって、国家の危機に目を向けようとしない。

そのような愚かな俗人は、全て滅んでしまえばいい……」


 レイのきつい言葉に全員息を呑む。美嗣も言い過ぎだと止めようとしたが、レイの言葉は刃のように鋭く切り裂く。


「そなた達は現状が全く理解できておらぬようだな。四凶を退けている?あの悪神は、いつまでそなた達の手緩い牽制に付き合ってくれるかな」

「どういう事だ」


 レイの気迫に彼等は最低限の敬意も忘れてしまった。


「四凶は四柱の神だ。まだ、三柱しか跋扈ばっこしておらぬが、四柱になった時、更なる災禍をもたらす。

地響きは止まず、川は氾濫し、火の雨が降る。内乱が起き、魔を祓うべき刃は自身を切り裂く」


 美嗣もレイの語りに息を呑む。四凶の本当の脅威は決して終わらぬ災厄なのだ。


「李王も申しておったな。このままでは一つの州は潰れると。そうなった時、自州の私益や財産など陽炎のように吹き飛ぶぞ」

「なっ……ならば!あなた方天人が四凶を打ち倒してくれれば、良いではないか!」

「神を棄てた者が神にすがろうとするでない!

神は理由もなく施しを与えることも罰を与えることもしない。己の罪を悔い行動せぬのなら、本当に国が滅ぶぞ!」


 レイの脅しは州長に響いている。ここで大人しく下ればいいものの、ひどい妄想で難癖をつけてきた。


「この者達は天の使いではない!妖魔の化身だ!」

「そうだ!こいつらを摘まみ出し、刑に処せ!」

「本当に浅ましいの。考える頭はついておるのか?」

「黙れ!この匹婦ひっぷが!」


 レイの隣に座っていた州長が彼女に掴みかかろうとした。だが、その手は後ろで持していた将軍に掴まれ、州長は彼に動脈を叩かれて気絶した。


「何をしているのだ!」

「あなた方こそ天子様に無礼ですよ」


 そうたしなめたのは李州将軍であった。灰色かかった茶髪に青緑色の瞳。美嗣の傍でひざまずいた時、金緑石の耳飾りが揺れる。


「ご無礼をお許しください。天子様。私は州師李軍で将を務めております。李景伯りけいはくと申します」 


 膝を折り、手を胸の前で組み、深く頭を下げる武人。彼は仙花を付けている美嗣が天子だと最初から判っていた。


「我ら州師五軍は速やかに人員と物資を手配する所存です」

「勝手に決めるな!武人ごときが!」


 州長達は李将軍を詰る。景伯は静かに立ち上がり、泰然とした姿勢で答える。


貴殿方あなたがたこそわきまえて頂きたい。歴史から何も学ばなかったのですか?付き人様の仰る通り、今は一丸とならなければ、蓬国に未来はありません」

「そなた達が戦えるのは誰のおかけだ!商会と州税あってこそだろう!」

「商会が安全に交易でき、街で物が売れるのは誰のおかけでしょうか?我々の血流の結果でしょう」


 景伯に説き伏せられ押し黙る州長達。その場で軍の異動と軍備の支援金について同意させられていた。


 部屋を出ると美嗣は深く息を吐く。ほとんど喋っていなかったとはいえ、緊迫した30分だった。廊下の窓から外の空気を吸っていると、景伯が近付いてきた。


「すでに五軍には人選と軍備を揃えるよう通達しております。二日後に蕭山しょうざんへ赴きください」

「は、はい!何から何までありがとうございます」


 レイの気迫と景伯の説得がなければ、美嗣は相手にもされなかった。感謝してもしきれない。お辞儀をした時、美嗣の耳飾りが揺れる。


「その金緑石の耳飾り、よく似合っていますよ。あなた様はよくよく天人とご縁があるようだ」

「え、ああ、はい」


 耳飾りの事を言われて、美嗣は彼が誰なのかようやく思い出した。李州で饕餮とうてつに襲われた時、助けてくれた武人だった。

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