第66話 代理天子

 カイン、アリアナ、桃王、李王を見送った美嗣。天界に一人残された彼女は、突然糸が切れたように倒れた。


「ああ~、やる気ねぇ~」


 美嗣は天を仰ぎ大の字になって寝そべる。虚脱した顔で星さえ見えそうな蒼空そらを眺めていた。


「ほれ、美嗣。王母の所へ戻るぞ。これからの事を話さねば」


「や~だぁ~!行きたくな~い~!」


 幼児の駄々のように拗ねる美嗣。

 当然だ。推しである桃王、李王と行動を共にできるクエストであったのに、本人は置いてけぼりな上にカインとアリアナも連れていかれてしまった。完全にやる気を削がれ、脱け殻になった美嗣をレイは膝枕をして慰める。


「全くしょうのない子じゃの」


「ええーん、だって、だってぇ~、王母が私を虐めたんだもん!天人ふたりとイチャイチャできる流れだったのに~!私だけ置いていかれたぁぁ~」


「思い通りにならなくて残念だったの。存分に喚くといい」


 うえぇぇん、レイまま~!

 美嗣はレイの膝に埋もれて泣き出す。慈愛と包容力のあるレイに癒してもらい、少しはモチベを取り戻した。レイに手を引かれて天依王巌てんいおうがんの所へ戻る。


 王母は美嗣に花を授けた。宙から落ちてきたのは桃の花。だだの桃と違いほんのり発光して、触れていると活力が溢れてくる。美嗣はローブ王国から付けていた青い薔薇を外し、桃の花を髪につける。


〔ぬしを一時『代理天子』とする。その仙花が証である〕


 『天子』とは『天人』になる前の者達をいう。素養のある子供が仙境に召し上げられ、王母から仙花を授かり老衰を停滞させる。そして修練を経た後で天人に空位ができた時、『天子』から『天人』へと昇華するのだ。


〔これから州府へ向かい、五軍に助力を求めるとよい〕


「ほ、本当に、私が行かなきゃいけないのか」


 美嗣はいまさら重責に怖じ気づく。王母に啖呵を切ったものの、国家を背負って戦うほどの覚悟は美嗣にはない。


「妾も共に参ろう。もし、妾達の行いで損害や被害が出ても、そなた、王母は全てを認可し託すことを誓言せいげんするのだな?」


〔誓いましょう。蓬国の命運はあなた達に委ねます〕


 ちょっと、レイちゃん!ハードル鬼上げしないで~!青ざめる美嗣を連れてレイは天界を後にする。王母は彼女の後ろ姿に声を掛けるようかと逡巡したが、邪念であると断念した。



 五州にはそれぞれ州をまとめる長がいる。蓬国は有史より民主主義国家で、州長は必ず選挙で選ばれる。それは身分関係なく、町民、農民、軍人、商人、誰もが州長になることができる。


 美嗣とレイは飛天山を下りて、李州の州府へ向かう。馬や荷物は仙境に残してきた。リナは天子・李蓉りようが面倒見てくれる事になった。


 李王山から下りて、天王寺から目と鼻の先にある建物が、李州州府である。緑の甍に李の紋様。豪奢な門をくぐると府官が礼をして、奥の部屋へ案内してくれた。


 府所内は書簡や書籍で雑然としており、官吏が慌ただしく処理をしている。美嗣達が側を通るとき、彼女達を好奇の眼差しで覗き見る。美嗣は視線に耐えられず萎縮するが、レイは堂々としていた。


 李が彫られた扉を開けるとすでに五州州長、五軍の将達が勢揃いしていた。美嗣とレイは一番奥にある槐の椅子に座る。


 机は六角形をしており、五州州長が一角ごとに座る。なぜ、五州なのに机は六角なのかというと、もう一席は『天人の席』だそうだ。威風漂う顔触れの中で美嗣は唾を呑み込み、発言する。


「え~と、あの~」


 うん!どう切り出せばいいのか分からん!どうしよう~!私プレゼンとか苦手だし、仕事も事務だったから交渉なんてできないよ~!惑う美嗣に代わり、レイが王母の言葉を代弁する。


「王母からの勅命である。五軍を召集させ、天子と共に四凶を討て。さすれば、『天離の契』は破かれ、天意は人々を導くだろう」


 おお!なんて威厳ある姿。服装も相まって本物の天子みたい!そうだ。私は付き人を演じよう。

 浮世離れした容姿に童児であるレイは天子に見えなくもない。彼女の覇気ある姿に州長は少し押されるが、彼らの意見はすでに固まっていた。



………………

なんとか、ここまでで10万文字突破です!もうストックがありません(笑)!ですので、不定期更新に切り替えます。申し訳ありません。

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