第65話 ルートミスった!

「そこの剣士と術師。我と共に来い」


 李王はカインとアリアナを指名して、王母の命を遂行しようとした。美嗣の事には目もくれない。

 ん?んんんんんっ?んん!


「ちょっと、待って!ちょっと!待って!りっちゃん!私はぁ!」


 立ち去ろうとする李王に必死にアピをする美嗣。振り返った翡翠色の瞳が見下ろす。


「そなたには王母からの命があるであろう。我等の任には連れて行けぬ」

「えっ?いやいや、りっちゃん達と黒泥を倒してから、州師と四凶を倒すんじゃ?」

「黒泥は刻々と居場所を変えておる。追跡に日を要するため、それを待っておると一つの州は壊滅するであろうな」


 確かに先程李王は『黒泥が逃げた』と言っていた。ゲーム内では三ヵ所で固定されていたが、現実では少し違うらしい。まさかの別行動になるとは予想しておらず、吃驚仰天きっきょうぎょうてん失魂落魄しっこんらくはく心慌意乱しんこういらん。すべて驚いて慌てふためく様である。


 ルートミスったぁぁぁぁ!

 嘘でしょぉ!私だけ除け者ぉ!どこに分岐点があったのぉ!リスタートさぁせぇてぇぇぇ!


 膝から崩れ落ちる美嗣。李王は首を傾げつつも、己の任に従う。彼に連れられて天界の端まで来たカイン・アリアナ・桃王。振り向いた黒髪美少年からこれからの行く先を説明される。


「黒泥は棗州から北東へ向かった。ここから『下りて』州境へ向かう」

「ここから、おりる?え、この高さから?」


 カインは下を覗いた。低雲の下に見える街並みは小さく、チビりそうなほど高い。


「無理だ!ここから行かなくても、さっきの浮石を使って下りればいいだろ?」

「あれでは仙境に出てしまう。それは遠回りだ」

「だからって、ここから下りなくても……」

「我の背中の布が見えるか?」


 李王のうなじの飾りから布が付いており、左右の腰布に繋がっている。


「これは羽衣だ。天人が空を翔る時に使うもの。二人くらいの重量はなんなく運べる故、我がそなたを抱えていく」

「いや、だからって……」


 普段は物事に動じないカインだが、高所は苦手らしかった。いや、2000メートルからのスカイダイビングは大人でもビビるイベントだ。踏ん切りがつかないカインをなんと李王は突き落とした。


「一寸光陰」


 僅かな時間でも無駄にしてはいけないという訓戒だが、些か乱暴なやり方である。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 絶叫しながら落ちていくカイン。李王はその後に空へと落ち、カインを掴まえて翔んでいく。その様子を息を荒らげながら変態が、いや、美嗣が見ていた。


「はぁっ、はっ、何だ今のは!推し同士が会話していたぞ!やっべぇ、鼻血が止まらん!」


 向こうで屍になっていたはずなのに、推しショットを嗅ぎ付けそれを写真に収めていた。桃王とアリアナも下山しようとしていたので、急いで引き留める。


「アリアナぁ、お願い!りっちゃん達の写真をなるべく多く押さえてきてぇ!」

「ええ?はい、わかりました」


 写真機とフィルムをアリアナに託し、二人を見送る。その姿が小さくなるまで見守っていたが、蒼の中に消えると急に孤立感が襲ってきた。

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