第68話 州師五軍

 景雀けいじゃくはいち早く蕭山しょうざんに到着し、荷の積み降ろしを開始する。ここは李州と杏州の境にある軍地で、州を繋ぐ駐屯所になっている。


 他の者に軍備の運び入れを任せ、彼は『天子に謁見』しに行く。杏軍の者に路を案内してもらい、廊下を歩いていると後ろから声を掛けられる。


「おお!先を歩く御仁はもしや、李景雀ではないか?」


 溌剌とした声に呼ばれ、振り返ると山吹色の髪を持つ武人がいた。明朗快活な笑みを浮かべるが、赤茶色の瞳は笑っているように見えない。軍服の色が薄茶色な事から『棗軍そうぐん』の者だろう。


「『李州の大樹』と呼ばれる英傑に会えるなど、光栄であるな!」


 この男はわざと言っているのだろうか?

 李軍に入って3年足らずの自分に他州に轟く程の異名があるわけないだろう。


「そういうあんたは『棗州の知将』と謳われる棗羅寛そうらかん殿か?」


 嫌み返しをされて、彼の顔から笑顔が消えた。叱られた子供のように沈んだ顔をする。


「すまない、やはり親の異名でからかうべきじゃなかったな。『棗州の知将』は父の功績である。まぁ、その将軍も三ヶ月前に亡くなってしまったのだが……」


 傷口に塩を塗ってしまったと猛省したが、先に二世弄りしたのはそっちだ。景雀は咳払いをして、改めて挨拶をする。


「こちらこそ、すまない。州師李軍から来た李景雀だ。あんたは棗……」

棗羅丞そうらじょうだ。父と違って力不足ではあるが、よろしく頼む」


 景雀、羅丞が互いに礼をすると、もう一人の武人が現れた。


「あなた達に比べたら、私もあまりお力添えはできないでしょう」


 男は金の長髪を後ろで結び、細めている目をさらに細める。


「初めまして、州師桃軍から参りました。桃黄雲とうこううんと申します」


 物腰柔らかく、折り目正しい印象を受けるが、彼もこの統合軍に選ばれた人物だ。実力があるに違いない。


「なんの!桃州の龍水りゅうすいと呼ばれるあなたが力不足ではあるはずがない」

「そちらもお噂通り。棗州の間諜。耳が早いことだ」


 互いに探りをいれる羅丞と黄雲。張り詰めた空気を破ったのは景雀だ。


「ここで油を売る必要はないだろう?早く天子に謁見せねば」

「おお、そうだ!話題の『天子様』だ!それが楽しみで来たのもある!」


 三人は廊下を歩き始める。突き当たりの大部屋に件の天子がいるらしい。


「しかし、その方は本当に天子なのだろうか?」

「おいおい、天人を疑うのか?それでも"李"を名乗る者か?」

「曲解するでない。俺は生涯で一度も天人を疑った事などない!」

「失礼した。まぁ、景雀の気持ちも分からなくもないが、わいとしてはそこを見極めるのも享楽であるがな」

「私は本当に天の使いだと思いますよ。でなければ、五軍を動かせるはずがない」

「本当にそうだろうか?」


 半信半疑な景雀は奥の部屋の前にたどり着き、扉を開けようとしたが、中から変な声が聞こえた。


「うへへ、えへへへっ!いいね!いいねぇ!紅玉こうぎょくちゅわん!すっごくいいよぉ~!」

「……やっ、恥ずかしいですぅ……」

「そんな事言わないで~。私にすべて見せてみて!」

「あうっ、こっ……こうですか?」


 聞こえて来たのは、気味の悪い女の声と艶かしい少女の声。静かに戸を開けると、手で顔を覆った女と下着姿で恥じらっている少女がいた。


「うんうん、やっぱり!いいスキルしてるねぇ~。でも、これから私がもっと良くして(育てて)あげるから!身を委ねなさい」

「はっ……、はいぃ、天子さま……」


 茶髪の女は黒髪赤眼の少女を抱き寄せ、頬に手を当てて彼女を籠絡している。完全に二人の世界に浸っている光景に、三人は棒立ちする事しかできない。


「おお、君達は!」


 茶髪の女が自分達に気付く。明るい表情に不敵な笑み。髪に桃の花を付けているので、彼女が父が言っていた『天子』なのだ。


李景雀りけいじゃく棗羅丞そうらじょう桃黄雲とうこううんじゃん!いいね、いいね!精鋭揃い!」


 名乗る前に自分達の事を把握していた。見識がありそうだと判断しようとしたが、次の言葉で評価は減点される。



「とりあえず!全員服を脱いで、1列に並べ!」

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