第60話 天人の処刑!?


 2


 その日の夕陽は空を赤く染めていた。

 沈みゆく太陽は街の壁を朱色に染めて、まるで燃えているようであった。


 桃州へ戻ってきた美嗣達は、風鈴亭に向かう。美鈴の日替わり創作料理の事を話していた。


「今日の美鈴メイリンちゃんの料理は何かな~!」

「激辛料理じゃなければ何でもいい」

「私は薬草料理がいいです」

「いいね!私は甘いの!虫系は2度と勘弁!」

「そうか?妾は悪くない食感であったと思うぞ」

「うぇっ!レイちゃん、案外ゲテモノ好き?」


 そんな雑談をしながら坂を下りていると、途中で人混みにぶつかる。この先にある広場へ向かいたいのだが、何故か人が集まっていた。


 夕飯時なので人が密集するのはいつもの事だが、数が異常だった。人々が滞留して進む気配がない。先の様子を確認しようと背を伸ばしていると、前の方の話し声が耳に入る。


「おい、誰か止めなくていいのかよ!」

「誰か、州師を呼んでこい」

「間に合わねぇよ!」

「だったら、どうするんだ!天人が殺されちまうよ!」

「"天人"って!まさか!」


 美嗣は嫌な予想が過り、アリアナとレイを置いて、カインと共に妖翅ようしを使って屋根の上へ登る。


 広場は人で埋め尽くされていた。右手奥の階段上に人影が3つある。美嗣が双眼鏡で覗くと、剣とくわを持った男達と鎖で両手を繋がれた『桃王天君』がいた。


「天人は我々を護らず、高みの見物をし、民を見捨てようとしている!これが護国を誓った天女の姿だろうか?」


 民衆を煽動しているのは高級なパオに身を包み、丸く肥えた腹のオヤジだった。そう、以前『山月亭』で天人を批難していた瑞雲商会の者達だ。彼に焚き付けられ他の者も天人を罵る。


「天人など排除しろ!」

「この裏切り者!」

「殺せぇ!」

「……まずいぞ、これ」

「州師はまだか?」

「俺らで止めるか?」

「どうやって!」


 民衆の中には殺気と憎悪を向けている者と戸惑っている者で分かれていた。天人へ悪意を持っているのは妖魔や四凶の被害に遭った者達だろう。


「天人など不要!喜捨きしゃなど不要!天とは決別し、己で領土を護らねば!」


 男が剣を高く上げ、桃王のうなじに向かって振り下ろす。刃が斬首する前に割り込んできた刀身によって弾かれる。カインはそのまま剣を振り上げ、男の体ごと跳ね返した。


 茫然としていたもう一人の男に美嗣が体当たりをして階段から突き落とす。すぐに桃王を助けようとしたが、手錠は鎖のため容易に壊せない。


 逆上した民衆が階段を登ってカイン達を襲い始めた。応戦するも数が多く、その中の一人が桃王に包丁を振り下ろした。美嗣が間に入って桃王を庇う。


「ううっ……」


 言葉にならない悲鳴。

 包丁とはいえ刃渡りが五寸もある。それは美嗣の腕を大きく抉り、鮮血の滝が流れる。男が包丁をもう一度振り下ろそうとした時、桃王が体当たりをして男を転倒させる。


「鎖を!」


 桃王がカインに向かって叫ぶ。

 カインは剣で鎖の繋ぎ目を斬り、桃王の両手を自由にする。桃王は負傷した美嗣とカインを抱えて天へと舞う。


 羽衣は取られておらず、浮遊は可能であった。広場を抜け、繁華街を跳び越えて、山の方へ逃げていった。

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