出航
音崎 琳
出航
『いちばん青い場所』に制服のりぼんを結びつけると、幸せが訪れる。
校内に『青い場所』と言えるような場所はないのにこんな言い伝えがあるのは、きっと、このりぼんの、深くて濃い海の色のせいだろう。だからこの日、下級生は去っていく先輩に青い花を贈る。今日限りで役目を終える海色のりぼんを結んでもらうために。
わたしもすっかりそのつもりで、あの子が青い花を用意してくると思っていたのに。いつもすっとんきょうなことばかりやらかす子だけど、今日ばかりはきっと、今まで代々の生徒たちがしてきたように、青い花を贈ってくれると思ったのに。
あの子に常識的なふるまいを期待するほうが間違いだった。つむじ風のように会いに来たと思ったらまた駆け去っていった背中を思い出して、やれやれと苦笑する。そういうところが、好きだったから。
中庭に出た瞬間、目の前が真っ白に眩む。うららかな春の日だった。風がスカートの裾を大きくはためかせる。興奮した生徒たちのさざめく声がする。海色のりぼんを結んだ青い花を手に、少女たちが、芝生の上で三々五々佇んでいる。
皆の視線は、一つの方向に向けられていた。そちらを指さしたり、てのひらで庇をつくって目を凝らしたりしている者も多い。
学友たちと名残りを惜しんでいるにしては、様子がおかしい。
――ねえ、見て。あっち。
級友の一人がこちらに気づいて、叫ぶように呼びかけた。指の先には、中庭のまんなかにそびえる木。白い花を満開につけている。その、いちばん上の梢に、紺色のスカートがはためいていた。あの子だ。顔の横で、海の色のりぼんが揺れている。とっさに自分の襟許に手をやる。毎日結んでいたりぼんはない。さっき、あの子にせがまれてあげてしまったから。
木のてっぺんで、あの子がわたしに向かって大きく手を振った。抜けるような真っ青な空。
――せんぱーい。卒業、おめでとうございます。
出航 音崎 琳 @otosakilin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます