第3話 もう疲れた

 そして、二十二年が過ぎ、総統閣下はすっかり疲れ果てていた。

「なあ、死神よ」

 この時の総統閣下には、かつて世界を征服した時の覇気は微塵にも残っていなかった。 

そこにあるのは疲れ切った老人の姿である。

「もう私をあの世に連れていってくれないか」

 死神は首を横にふる。

「だめです。閣下の仕事はまだ終わっていません」

「ここまでやれば十分だろ。後は私の後継者にでも……」

「残念ながらそれは無理です」

「なぜだ?」

「閣下がお亡くなりになると、後継者を巡って争いになります。そして、世界は大小の国々に分裂して、戦国時代のようになるのです。そんなところへ宇宙人に攻め込まれたら、一たまりもありません」

「ようは後継者を指名すればいいのだろ」

「誰を指名しても、同じ結果に終わります」

「私の息子や娘じゃダメか?」

「まだ歳が若すぎます」

「なんとかならんか?」

「地球をまとめる事ができるのは閣下だけなのですよ。あなた様以外の誰が総統になっても、世界中の人は納得しません」

 そう言って死神は一枚の書類を差し出す。

「さあ、この寿命延長申請書にサインをしてください。これで閣下の寿命は三年延びます」

「いやだ。もう、死なせてくれ。疲れたんだよ」

「このままでは人類が滅びてしまいますよ」

「それがどうした。私が死んだ後で人類がどうなろうと知った事か」

「いいんですか? このままだと閣下はゴキブリに生まれ変わりますよ」 

「ゴギブリだと!?」

「あるいは蠅かも」

「それはヒドい!! あんまりだ!! せめて犬か猫にでも……」

「勘違いしないでください。これは罰ではありません。人類が滅亡すると同時に高等な哺乳類や鳥類、爬虫類、両生類、魚類などもほとんど滅びます。そうなると転生先はゴキブリや蠅の可能性が……」

「せめて、蝶かトンボじゃだめか?」

「難しいですね。かなり、生命力の強い奴しか残りません。蝶とトンボも多少は残りますが、転生先としても人気が高いので競争が激しいんですよ」

「どうにかならんか?」

「後、三年がんばって人類を救ってください」

「無理だ!! 三年じゃ足りん!! 三十年はかかるぞ」

「では仕方ないですね。上司に相談して閣下に永遠の命を授ける事にしましょう」

「そんな事できるのか?」

「できますよ」

「その場合、私は若返るのか?」

「いいえ、老人のままです」

「じゃあ、せめて腰痛とか肩こりとかは……」

「改善されません。歳をとるほどひどくなります。百年後には激痛が続き、鎮痛剤も効かなくなりますね」

「なんだって?」

「ああ、でも死ぬことはありませんから、安心してください」

「死んだ方がましだ!」

「そう言われても、今閣下に死なれるわけにはいきませんので。それではちょっと霊界へ行ってきます」

「待て。ちょっと待ってくれ」

 総統閣下は慌てて死神を引きとめた。

「どうしました?」

「私が総統なら、世界中の人は納得するのだな?」

「そうです。他の人ではだめです」

「一人だけ、誰もが納得する後継者がいる」

「だから、そんな人は」

「いや……一人だけいるんだ」

 総統閣下は死神の耳元に囁いた。

「なるほど、その手がありましたか」

「そのために法律を改正しなきゃならんが、それが済んだら、あの世へ連れて行ってもらえるか?」

「いいでしょう」

 そして三年後、総統閣下は法律が施行されると同時にお亡くなりになった。

 その顔は安堵に満ちていた。

 忙しい仕事からやっと解放されたからであろう。

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