暖簾の向こうにあるものは

熊坂藤茉

誓って言うけど善意だったんです

「へ?」

 ぼんやりと店番をしていた私の前で、そんなどこか気の抜けた声が上げられる。

「なん、えっ?」

「あーっと……いらっしゃいませ、梟堂書店にようこそ。お会計ですか?」

 うーむ、普段お客さんほぼ来ないから、接客の仕方なんてふわっふわですよ。これ合ってる? 合ってます?

「あ、ええと、はい、この本……いや、なんで君がここで店番してるんだ久万沢君!」

「親戚のお店なんですよここ。喜久屋先輩、1650円になります」

 おろおろと動揺している先輩を尻目に、さくっと話をお会計に戻していく。お客と対話する事も大切だけど、早めの会計処理だって大事なのだ。


「親戚の、店……?」

 困惑を隠さないままではあるものの、それでもしっかりお代を払う手は動かしてくれた。

「叔母夫婦がやってるんですよ。叔母に別収入があるのでほぼ趣味ですけど、趣味だから好き放題してるんですよねー」

 ちらりと先輩越しに店の最奥を見遣れば、そこには大きな暖簾にでかでかと記された『18歳未満はお断りしています』の文字。

「ティーンズラブ系出身のベテラン作家の趣味の店なんですよ」

 叔母様、趣味と実益に走りすぎである。

「そんな……そんな巡り合わせが……」

「えー……喜久屋先輩どうしたんです……?」

 何やら頭を抱えている先輩に、私は困った顔をする。大学生なんだから、なーんの問題もありゃしませんのにねえ。

「君は、こう……こういった毛色の店とは縁がないと思っていたから……」

「そういや何でか深窓の令嬢扱いされるんですよねえ。服の趣味の所為かな?」

 清楚なお嬢様っぽいコーディネートが変なパブリックイメージを生んでいたのかもしれない。いやでもそういうデザイン可愛いって想うし着たいんだからしょうがないよね。好みは人それぞれである。


「時給はいいのか? 親戚の伝手を使ってバイトをしなければならならいような金銭事情とかでは……」

「なんとびっくり1500円」

「そこらの非正規より高くないか!?」

「ただし叔母様の原稿作業への補助込みです。おさんどんとか」

「そこらの非正規よりブラックになりかねない情報が飛んで来たが?」

 わーい驚愕と真顔の切り替えが大変早い。先輩のそういうリアクションの素早さ結構好き。

「言っても叔父様が大体全部の世話を焼いちゃうので、叔父様に構い倒されてすねちゃった叔母様を宥めるのがメインですけどね」

 叔父様、妻大好きが凄まじすぎて大体やらかしてるんだよなー。


「そういう先輩は何で大学から二駅離れたここに? いや確かに徒歩圏内ですけども」

「絶版になった本を探していたんだ。国会図書館も考えたんだが、手持ちにあった方が困らないからな。……アイツ、目撃情報は口にしたのに何故店の名前を吐こうとしないのかと思っていたが、取り扱い書籍傾向の問題だったか」

 チッと舌打ちをひとつ。先輩もしや潔癖か?

「そう嫌がるもんじゃないですよ。人間が生き物である以上、繁殖目的だけじゃなく娯楽としてのそういうのも大事ですし」

 今や暖簾で区画を区切るようなお店は随分少数派だ。近所から文句言われたりするし。後そもそも電子化の波に流されたりもあるし。事実女性のお客さんは店番してても大分少ないからなー……私の一存で女性向けのそういう映像作品なんかも入荷してもらってるんだけど、なかなかどうして売り上げは微妙である。

「頭では分かっているんだが……こう、アレだ。君が店側にいるのがどうにも……」

「私?」

「ほら、そういうイメージがないと」

「バリバリ読むんですけどねえ」

「読むのか……」

 めちゃめちゃ項垂れる先輩。どうした急に元気がないぞ。

「叔母様の手伝いで資料集めとかもしますしね。叔父様では女性の好みという部分でチョイスがズレたりしますし」

「成程な……それなら確かに質も量も相当読んでいないと役に立たないか」

「ですです。あ、そうだ」

 ふと思い付いたように口を開く。我ながら名案かもしれない。

「喜久屋先輩、あのですね」

「どうした久万沢君」

「イメージとのギャップが大きすぎるから落ち着かないんですよ。だからアレです」


 ――この時、私は本当にいい提案だと思ったのだ。だって叔母様割とこういうタイプだし。叔父様も素直にありがたがるタイプだし。ただ、世間はどうもそうではなかったようで。


「先輩の使用に耐えうる本を私が選んで渡すとこまで全部見ておけばいいんですよ。好みはどんな奴なんです?」

「久万沢お前はデリカシーというモノを知れ!!!!!」


「……おーう……」

 半泣き絶叫からの脱兎な歳上男性という貴重なモノを見てしまった。本屋バイトを始めてから、ここに立つと色んなモノを見る事になったが、流石にコレは初めてだ。

「……とりま週明けに会ったらゴメンしよ……」




 結局週明けに顔を合わせた結果、好みがどうも私――というか、どう私に告白するか考えが行き詰まっての気分転換兼ねての本探しだった事が発覚してしまい。

 いやあ……それはまあ、デリカシーに言及もされますわあ……。




「ていうかよく幻滅しませんでしたね? イメージと違ってたにしても度合いが凄いだろうに」

「あのなあ、慣用句で『百年の恋も冷める』とは言うがな」

「はい」

「こんなので冷めるようだったらそもそも思い悩んで気分転換にうろつき出したりしないだろうが」


 ……なんか、存外愛してくれてるっぽいのでオールオッケー、かな……?

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暖簾の向こうにあるものは 熊坂藤茉 @tohma_k

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