あなたの名前は?


「こんにちは、あなたが高本雄二くん?」


 とある施設の入口で迎えてくれたのは、山本さんと名札の書かれた温和そうなおばさんだった。


 電話で伝えていたので、そうですと答える。


「どうぞ、奥の部屋です。本人からも許可は取っているので」


「ありがとうございます」


 そうして僕は靴を下駄箱にしまって、奥の部屋へと歩いた。


「こんにちは」


「あ、こんにちは……本当に来たんだ……」


 部屋には扉がなかった。窓を眺めている彼女を見つけて、声をかけた。


「ずっと名前が聞きたくて探しちゃった」


「……それだけ? 告白の了承とかじゃなくて?」


「まあ、いまのところは」


 そうして僕たちは再び笑った。ただこの施設は、軽度だが、精神が病んでいる人たちの収容施設だった。


 ◇


「中学生だったなんて、驚いたよ」


「ごめんなさい……。お姉ちゃんの制服を借りてて……」


 紫乃は友人から聞き出した情報で、制服から彼女の姉を探し出し、更に本人が中学生だということを突き止めてくれた。

 

 何と彼女は、14歳なのだ。


「でも、どうして僕のことを知ってたの?」


「この窓から……あなたがずっと見えてたの」


 窓に目をやると、電車のホームが見えた。そこは僕が通っている駅だ。


「私、学校が苦手で……でも、皆偉いなって毎日駅を眺めてたの。その時、あなたがいた。でも、いつの日か見かけなくなって……私と同じだなって」


「そうだね、僕も色々あったんだ」


「だけど、あなたは突然現れた。それも前よりも恰好よくなって、びっくりしちゃった」


「ありがとう、美容室に行ったんだよね。自分を変えなくて」


「うん……わかった。私、勝手にあなたと自分を重ねてた。それで、あなたの近くに女の子が増える様になって……焼きもちを焼いてしまって……」


 紫乃や未海、朱音のことだ。彼女は少し俯きながら言う。


「それでお姉ちゃんの制服を借りて、あなたに会いに行ったの。中学生は相手にしてもらえないだろうって」


「そうだったんだね。だから、名前を言わなかったんだ」


「うん、何も考えなかった。だから、どうしたらいいかわからなくて」


 僕はベットに腰掛けて、彼女を見つめた。


「何があったのか詳しくは聞かないよ。でも、僕は変われたんだ。君もきっと勇気を出せば変われる。とびきり可愛いしね」


「……ほんと?」


「嘘つかないよ。だって、僕こんなストーカーみたいに調べたの初めてだし」


「ふふふ、立場が逆転しちゃったね」


 よく笑う彼女は、中学生とは思えないほど大人びて見えた。


「名前を聞きたかったんだ。でも、君の口から聞く前に、先に知ってしまって……ごめんね」


星之佳奈ほしのかな。ごめんね、言えなくて」


「ありがとう、これでモヤモヤが晴れたよ」


「変な人だね、私の好きな人は」


「そんなことないけど……」


 思わぬ好意に困ってしまい、頬を掻いた。

 

「私が高校生になったら、付き合ってくれる?」


「約束はできないけど、高校生になってくれたらもっと話は合いそうだね」


「じゃあ、明日から頑張って学校に行く。またいつか、あなたに告白していい?」


「そうだね、待ってるよ」


「ふふふ、ありがとう。あ、その……」


「どうしたの?」


「私、あなたの名前知らないんだ……ごめん、失礼だよね」


 名前も知らなかった彼女だったが、最後まで名前が分からなかったのは、彼女から見た僕だった。


「高本雄二だよ。高校一年生だ」

 

 ◇


「雄二くん。今日はありがとう」


「どういたしまして、それじゃあ」

 

 去り際、後ろから大きな声が聞こえた。


「好きです、雄二くん!」


 人から告白されるのってすごく気持ちがいいし、嬉しい事だなと思った。


 そう思うと、僕は紫乃と未海、朱音と一緒にいると凄く心地が良い。


 これが、好きだということなんだろうか。


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