些細なきっかけで人は変わる
そういえば、大きく変わったことがある。
「なあ、
「うっせーな、何でもいいだろ」
あの虐めっ子の
誰を揶揄うこともなく、真面目に学校に通っている。
いつも一緒にいた友達とも離れているらしく、心を入れ替えたんじゃないかと噂になっていた。
おそらくそのきっかけは――紫乃に頬を叩かれたことだ。
「紫乃の一撃が効いたのかな」
「私はただ、youさんを守ろうとしただけですよ。でも、心を入れ替えるのは良いことですね」
「あたしは信用してないけどね。人って、そう簡単に変わらないよ」
紫乃は良い方向に変わっていくことに肯定しているが、未海は違う。
僕は……わからなかった。虐められていたことは事実だし、彼がどうなろうと関係ないという気持ちもある。
けれども、悪い人が良くなるのは正しいことだ。そこは素直にいいんじゃないかなと思う。
ただ、相変わらずたまに睨まれている気がするけど……。
今も、僕を見ている。
「私、言ってきましょうか」
「いや、いいよ。あれから話掛けてもこないしね。まあ、何かあっても自分で対処するから。ありがとう、紫乃」
「いえ、いつでも言ってくださいね」
そうして授業が始まる。
幸せで、いつもの日常だ。
◇
「お前最近、調子乗ってんじゃねえの?」
放課後、ゴミ捨て場の裏庭にいたら声を掛けられた。
それは、僕を虐めていた鬼餓の”元”子分たちだ。
無視して離れようとしたが、前を塞がれる。
「おい、どこいくんだよ」
「君たちに用はない」
「ああ!? 今はお姫様たちはいねえぞ? 違ったか、お前が守られる姫だったなあ」
相変わらずだ。少し落ち着いたと思っていたが、どうやら違うらしい。
それでも僕は負けない。
色々と変わったんだ。
「僕はいい。でも、紫乃たちの悪口は許さない」
「ああ? なんだこいつ、反抗的目をしやがって。おい、先生来ないかみとけよ」
「おっけー、流石に黙らしてやろうぜ」
どうやら僕を殴る気らしい。いいさ、とことんやってやる。
紫乃たちの力も借りないで、勝ってやる。
「おらよ!」
「くっ、こんなもんかよ!」
頬殴られたが、僕も負けじと殴り返す。ただ、喧嘩慣れなんてしていない僕の拳は空を切る。
「ぎゃっはは! 押さえつけてやっちまうか?」
「いいね、やろうぜ」
別の奴らに肩を掴まれて、身動きが出来なくなる。
また……、いや心が負けなければ、負けじゃない。
「僕は――負けない!」
反抗的に叫ぶと、彼らは怯えて後ずさりした。けれども、それが更に気に障ったらしく、顔を真っ赤にした。
「うるせえやつだな。やっちまえ!」
思わず目を瞑りそうになるが、寸前のところで避けてやろうと目を見開いて一点を集中する。
右拳が振り下ろされた瞬間――僕の前にいた男子生徒は誰かに殴られて吹き飛ばされた。
「があっ――ぐ……」
驚いたことに、そこに立っていたのは、鬼餓くんだった。
「おい、何すんだよてめえ!」
「ちっ、いつまでもガキみてーなことしてんじゃねえよ」
「ああ? 元々お前がしてたんだろうが!」
「うるせえ! だったらかかってこいよ。お前らなんかに俺が負けるわけないだろ」
鋭い眼光と覇気で、鬼餓くんが吠える。
黒髪になっても、真面目に学校を来ていても中身は変わらないのだ。
元子分の彼らが敵うわけがない。
それを知ってか、捨て台詞を吐いて消えていく。
残ったのは僕と鬼餓くんだけになった。
「あ、ありが――」
「言わないでくれ」
しかし僕のお礼は遮られる。鬼餓くんは、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。
「お礼なんて言わないでくれ。俺はお前に感謝されることなんてない。これはただの罪滅ぼしだ」
「でも、助けてくれたじゃないか」
「違う。俺が……許されたかっただけだ。あいつに……桜井に殴られてから、周りにバカにされるようになってわかったよ。俺がしてたことは、遊びじゃなくて最低なことだったって。それで目が覚めたんだ」
どうやら、鬼餓くんは嘘をついていないようだった。真剣な瞳で、苦しんでいた。
黒髪に染めたのはその意思表示なのだろうか。
けれども、僕は心が狭いのか、完全に許すことはできなかった。
「……すまん。ただ、お礼なしだ。今後、もしなにかあったら教えてくれ。力になる。それだけ伝えたかった、じゃあな」
そうして鬼餓くんは去っていく。
僕は声をかけられなかった。許してあげる、なんて言えない。けれども、改心してくれたことが嬉しかった。
その時、紫乃が走って来る。どうやら少し騒ぎになっていたらしく、開口一番に僕の心配をしてくれた。
「囲まれてたって……もしかして例の彼ですか?」
「いや、違う。助けてくれたよ。全部、紫乃のおかげだ」
「え? 私ですか……?」
「いつもありがとう。僕は紫乃と出会えて本当に良かった」
「え、えええ!?」
頬を赤らめる紫乃。こんなにハッキリとお礼を言ったのは初めてかもしれない。
「一緒に帰らない?」
「え、あ、はい! 帰りましょう! 未海と朱音さんもyouさんのこと探してましたよ」
「そっか、ほんと僕は恵まれてるね」
小さなきっかけで、人は変わる。
僕がそうだったように、鬼餓くんもそうなのだ。
いつか、彼を許せる日が来ると思う。
今日は、そんな気がした。
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