VTuberのイベント、当日

「おはよう、雄二」


 当日、会場近くの待ち合わせにやってきた朱音の恰好に驚いた。


 周りの人も口々に声を揃えている。


「可愛いー、お人形さんみたい」


「凄いねーもしかして有名人かな?」


「いや、コスプレレイヤーとかじゃないの?」


 テレビやネットでしか見たことのない、メイド服のようなロリータファッションに身を包んでいるのである。


 いつも目が隠れていた前髪は、ピンク色のカチューシャで留められていて、ぱっちりとした目が露出している。


 こんなに……可愛かったんだ。


「雄二、どうしたの?」


「ああ、ごめん。おはよう、ちょっとびっくりした」


「……変?」


 視線を落として、自分の洋服を見つめる。少しだけだが、悲し気な表情に見えた。


「そうじゃないよ。ロリータファッションだよね、初めて見たけど、すっごく可愛い。周りの人も、朱音のことを綺麗だなって褒めてるし」


「そう……なの? でも、雄二に褒められたのが嬉しい」


「良かった。それしゃあ行こうか?」


「うん、はしゃぎ過ぎたらごめんね」


 それはそれで見てみたいので、気にしないでと伝えた。会場に向かう人の列の中には、VTuberのコスプレをしている人がいる。


 もちろん、それに混じってアニメや、朱音のような普段では見ないような格好も。


 皆、心から楽しそうに満面の笑みを浮かべている。


 この笑顔を作っている人たちの中に、紫乃と未海がいると思うとなんだか誇らしい。


 ◇

 

 会場の中は、企業ブースやグッズ販売で溢れていた。一人のライブというわけではないので、色々なイベントが同時に行われている。

 人、人、とにかく人がいっぱいだ。


「雄二、ちょっと待って」


 気づけば朱音とはぐれそうだった。これだけ人が多いのだから気を付けなければならない。


「この服の袖の部分、掴んでてもらえる? それだと大丈夫そう」

「わかった」


 すると朱音は、何の迷いもなく僕の手を掴んだ。いや、よく見ると少し頬が赤い。


 なんだったら、僕のほうが赤くなってるかもしれない。


「ど、どうしたの!?」


「服の袖だと、服に悪いから」


 そんなの気にしなくてもいいのに、と思ったが人が混雑しているのでここで恥ずかしがるよりは、安全を考慮したほうがいい。


「手汗かいちゃうかも……」


「大丈夫、ヌルヌル気にしない。むしろ好き」


 むしろ好きって何!? と思ったけど、そこは言えなかった。


「じゃあ、あのグッズ見に行こうか?」


 コクコクと頷く朱音。いつのまにか先輩ってのを忘れてしまいそうだ。


 それから数時間後、気づけば僕たちは沢山のグッズが入った袋をいくつも抱えていた。


 推しの、AngelとMIUのステッカー、シール、ぬいぐるみ、ペンライト。


「ふふふ、楽しみですね。あ、もうすぐですよ」


「そうだね、急ごうか」


 場所を移動して、奥のブースの椅子に座る。


 Angelはさすがの人気で、何人ものコアそうなファンが大勢いた。


 ステージには大きなモニターが置いてあって、Angelの登場シーンは、まるでその場に存在しているかのようで驚いた。


 照明との兼ね合いかもしれないが、皆の一致団結を感じる。


『みんな、Angelにライブに来てくれて、ありがとー!』


 黒髪ロングのアバターと、いつもより派手な衣装に身を包んでいる。

 歌はいつもの名曲から、新曲も披露していた。


「Angelー! 最高ー!」「愛してるー!」「天使ちゃーん! 大好き―!」


 推しのファンも凄くて、見ていてほっこりする。そういえば、紫乃は普段は大人しいが、Angelになると途端に明るい。


 まるで別人になっているのは驚きだ。


『みんな元気かにゃ? 待ってたかにゃ?』


 続いて、新鋭VTuber、MIU。


 彼女は普段と変わらなくて、なんだか安心する。まだ初めて日が浅いというのに、コアなファンが多くて掛け声も凄かった。


「そうですね、私も、いつかあそこに立ちたい」


「え? 朱音が?」


 コクコクと再び頷く。いつもより目を輝かせている。なんだったら、ペンライトも思い切り振っていた。


 いいなあ、僕もいつか立てたらいいな。


 そういえばMIUは最後に、想いを届け―といいながら、僕に向かってアバターがウインクしていた。偶然か、それとも狙ってたのかはわからない。


 熱量の高いライブを終え、再び僕たちは企業ブース側に移動した。


 朱音には友達と会う約束をしていることも伝えている。


「どんな友達なの?」


「ええと、同じVTuberが好きで――」


「あ、いたいた! youさん!」

「you様ー!」


 そのとき、紫乃と未海がやって来た。そういえば、ここでは名前で呼んでほしいと伝えるのを忘れていた。


 そして、二人が首を傾げて朱音を見ている。


 そういえば、まだ伝えていなかった……。僕が紹介しようとしたら、朱音が口を開く。


「初めまして、高本雄二の彼女です。よろしく」


「「……え? はい?」」


 驚いて口を開く紫乃と未海。

 

 けれどもそれは、僕も同じだった。





 

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