呼び捨て
「お兄ちゃん、昨日はどこ行ったの?」
朝食を食べていると里奈が怒った顔をしていた。
何か気に障ったのだろうか。よくわからないが、水族館だと答えたら、さらに不満そうだった。
約束通り、お土産に甘いものを買っていったが、それだけでは足りなかったらしい。
今度は自分も連れていってほしいと念押しされた。この年になって兄弟で水族館というのも、少し恥ずかしいな……。
食べ終えると家を出た。少し機嫌が悪かったが、段々と戻ってきている。
「いい天気だね、そういえば学校はどう?」
「悪くないよ。友達も二人増えたし」
「ふーん。……女の子?」
「ああ、そうだよ」
「ふーん……」
あれ、また機嫌が悪くなってる……。
校門に辿り着くと、桜井さんと未海さんが、手を振ってくれた。
なぜだかわからないが、僕を待っていてくれたらしい。
「おはようございます。youさん」
「おはよう、you様。あれ……この子は?」
里奈を見て首を傾げる。それもそうか、腕を掴まれているし、一体誰なんだろうと思うよな。
あれ、なんだか里奈の様子が? 憧れの人を見るような?
「さ、さ、桜井さんに燐火さん!? お兄ちゃんの知り合いなんですか!?」
「あれ? 二人のこと知ってるの?」
「もちろんだよ! 桜井さんは転校生なのに可愛くて成績優秀で有名だし、燐火さんは芸能界にスカウトされたり、モデルもやってるって……!」
「転校生だけど、可愛くはないよ!? 妹さんなんだね、よろしく」
「モデルはたまにだよ。こちらこそよろしく」
里奈は二人と握手、どうやら機嫌が戻ったようだ。中学校はこの先なので、ここで別れることになる。
しかしとても満足そうで、今度遊んでくださいね! と元気だった。
桜井さんと未海さんは、可愛い子だねと褒めていた。
◇
教室に入ると、どっと騒めいた。意味がわからなかったが、誰かの囁き声で気付く。
「どうして桜井さんと燐火さんが一緒に? それに引きこもりの高本も……」
うん、僕だけひどくないか? というか、思っていた以上に二人は有名らしい。
八重歯を剥き出しにした元いじめっこの
先日の桜井さんのおかげだろう。
色々と予想外のこともあったが、僕はまたこうして学校に登校している。
いじめられることもなく、なんだったら友達と一緒に登校。
……これって夢にまで見た高校生性釣活じゃないのか?
と、思っていたが、昼休みにそれ以上のことが起きていた。
場所は中庭で、僕の高校はどこでも食べていいことになっている。
「はい、こっちがyouさんの分で、こっちが未海の分だよ」
桜井さんが、お弁当を三つ用意してくれていた。
中を開けると、水族館のとき以上のご馳走が目に飛び込んでくる。
「美味しそう……ウインナーに卵焼き、アスパラ巻! もしかして、僕が前に美味しいっていったのを覚えてて?」
「はい、全入れです! 未海さんも召し上がれ」
「あ、ありがとう……」
未海さんも一口食べると、凄く笑顔になる。もちろん、僕もだ。
「でも、三人分はさすがにお金もかかるから申し訳ないよ」
「youさん、私そんなお金に困ってないので大丈夫です。どうしてもというなら……そうですね、また遊びましょう」
「え、そ、それだけ? もちろん構わないけど」
「ふふふ、嬉しいです」
まさかの提案だった。遊ぶなんて、僕からしても楽しいから嬉しいことしかない。
しかし、未海さんは少しだけ複雑そうな顔をしていた。
「you様は……」
「ん? どうしたの?」
「あたしとも遊んでくれますか?」
「? 当たり前だよ?」
不安そうだった顔が、段々と明るくなる。クラスでも可愛いと評判の二人が、僕と遊ぶことをそこまで楽しみにしてくれるなんて……なんでなんだろう。
「やったあ! そうと決まれば放課後三人で遊びに行きましょ! ねえ、ang《えんz》――しのちゃん!」
「しのちゃん? ふふふ、そうですね。みう」
どうやら二人は仲良くなっている? みたいだ。ちょっとした不思議な壁みたいなのを感じるのは気のせいだろうか。
「それとyouさんもう一つだけお願いがあります」
真剣な表情を浮かべて、桜井さんが言った。
「私のことは紫乃と呼び捨てにしてください。これもお弁当のお礼ということで」
「え、ええ!?」
「お願いします」
ニッコリと笑う桜井さん、抗う事は出来なかった。
「わかりました。――紫乃」
しかしその後、未海さんにも、未海と呼んでと言われてしまい、結局二人を呼び捨てすることなったのだった。
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