第27話  姐さんと嫌われるシスター

「それでは! 今宵、ボクたちの出会いに……かんぱーい!!」


「「「「「「「「「「かんぱああああああああいっっ!!」」」」」」」」」」」


「うるさっ」


 なんか、仲良くなってました。

 木製の丸テーブルの上に乗ったマウさんの号令の下、それを囲む若い鉱夫の方々がジョッキを掲げてぶつけあっています。

 全身を煤だらけにして店に入ってきた、頭に布を巻いた上半身裸の豪快な彼ら。

 マウさんが指差し笑ったのは失礼でしたが、鉱夫たちは合わせて笑い、むしろ気にいられていました。

 輪の中心で楽しそうに、目元を隠す仮面をつけたマウさんが飲め飲めと煽り散らかしています。

 流石は皇女、あれがカリスマ性というものでしょうか。


「シスターさんは混ざらなくて良いのかい?」

「あまり騒がしいのは好きではありませんので」

「そうかい、じゃあこれは騒がしくしたあいつ等にツケておくよ」

「ありがとうございます」


 それを私は遠巻きに元々座っていたカウンター席から見て楽しんでいました。

 ルーチェにいた時、定期的に聖女の仕事で大聖堂前に集まった方々に挨拶をする行事があったのですが、アレが苦手でした。

 感極まる気持ちもわからなくはないのですが、神の前だけにしてほしいものです。

 私たち聖女にそこまでの価値は無いと思うんですけどね。

 そんな私を見て何を思ったのか、酒場のマスターは新しいホットミルクを入れてくれました。

 美味しい。


「悪いな、ウチで飲む事があいつ等の唯一の楽しみなんだ」

「いえいえ、お邪魔しているのは私たちですから。これ、美味しいですし。鉱夫とはいつもあんなに汚れるものなのですか?」

「あー、まあ……奴等は、そうだな」


 それは何とも、例外みたいな言い方をしました。


「奴等は鉱夫の中でも若い衆でな、新しいやり方を好む連中なんだよ。シスターさんも昼間に爆発音を聞いてないか?」

「あぁ……」


 なるほど、あの爆音は彼らの仕業だと。

 じゃあ私、嫌いかもしれません。


「この街は今、西と東で二分しちまっててな、東があいつ等若い衆。それで西が伝統とか言って手掘りを頑なに続けている頑固親父達の集まりだよ」

「その言い方、マスターは彼ら側なのですね」

「常連だからな。あんなに良い飲みっぷりする奴等、見ていて気持ち良いだろう?」


「アハハッ! おかわりぃ! 次の酒もってこーい!」

「うぷっ……も、むり……だ」

「アンドレが倒れたぞぉ!」

「この騎士マジですげぇ!」

「これで5人抜きかよ!?」

「よーし次は俺だ!」


 目を離した隙に大変な事になっていました。

 気持ちよく、大笑いするマウさん。

 その足元で倒れる鉱夫の方たち。


「シャリーネちゃーん! 見ってるぅ!」


 ブンブンブンブン。

 凄い勢いで手を振っています。

 とりあえず振り返しておきました。


「あの騎士さんすげぇな……」

「えぇ……」


 私もマスターも、あの場を支配し暴君と化す酒豪皇女に苦笑いを浮かべます。

 マスターは次の酒を注ぎ、私は浴びるように酒を飲み続けるマウさんを眺めている、その時でした。


「なんだい? 今日はやけに賑やかじゃないか」


 扉の開く音。

 背後から聞こえたのは、よく通る女性の声。


「あ、姐さーん! すげぇ奴がいるんすよ!!」


 それに気づいた鉱夫の1人が彼女に向かって手を上げます。

 酒場に入ってきた女性。年齢はおそらく、20代前半ぐらいでしょうか。

 彼らと同じ布をハチマキのように巻いた赤い髪と勝気な瞳、その吊りあがった口角からくる印象は正に男勝り。

 胸をぐるっと巻いた灰色のサラシ、丈が短く羽織るだけの黒革の上着、ダボッと膨らんだ白色のロングパンツは煤の汚れがよく目立っていました。

 長身のマウさんよりは背が低いですけど、それでも女性にしては高めで、その露出した上半身だけでも筋肉質なのが一目瞭然です。


「ったく、アタシが来る前に倒れてん……じゃ」

「?」

「おう、いらっしゃい……どうした?」


 笑っていた彼女が、私を見て固まりました。

 かと思えばズンズンズンと勢いよく此方に近寄ってきます。


「……アンタ、見ない顔だね」

「ええ、今日来たばかりですので」

「……その格好、シスターかい?」

「まあ、一応」


 聖女です、とはドラギルトで言わない方が良いでしょう。


「そうかい」


 笑顔。


「オイ、表出ろコラ」

「はい?」


 胸ぐらを掴まれてしまいました。

 ドスの効いた低音で睨まれます。


「おー! 何だ喧嘩かー!? ボクのシャリーネちゃん舐めんなよー!!」


 いや、止めてくださいよマウさん。

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