第26話 酒場にて
「…………」
「難しい顔してどうしたの? ほらこれ、美味しいよ?」
白い皿に乗せられたカットチーズ。
隣のカウンター席に座るマウさんがそれを一切れつまんで私の口元へと運びます。
「……美味しい」
「でしょ?」
「だろう? 山の麓にあるロスレー農場から毎日送られてくる新鮮なミルクをウチは使ってるからな! 美味くて当然!」
鉱山街ロスレー、夜の酒場にて。
宿屋を取った私たちは夕食を食べに、道中で見つけたこのお店に来ていました。
例によって例のごとく黒塗りの木造建造。
しかし中に入ると一転し、店内は綺麗で。
明るい色味の床と壁、それを照らす魔鉱石の光がとても温かく感じます。
「それにしてもどうしたのさっきから? 疲れちゃった? 今日は早く寝る?」
「いえ、すみません。少し考え事をしていまして」
「そんなシスターさんにおススメなのがこのホットミルクだな! それと
カップに注がれたそれは砂糖が入っているらしく、とても甘く美味しいです。
モルテラ様がいたらとても喜んでくれるでしょう。
「モルテラ様……」
「ああ、この街にいるんだよね?」
「何だ誰か探してんのか? それなら常連の奴等がこの後に来るから聞いたらどうだ?」
モルテラ様が攫われてから長い時間が過ぎました。
いえ、2日も経っていないのですがこの間にモルテラ様の身に何かあったらと考えると……いてもたってもいられなくなるのです。
今までは傷を癒し、慣れない山中の移動に意識の大半を使っていましたが、目的の地にたどり着いた私の思考は足りなくなっていたモルテラ様成分を大量に欲しているのです。
「こうしてはいられません! 今すぐにでもモルテラ様をむぐぅ!」
「だーめ、シャリーネちゃんも病み上がりなんだからせめて今日ぐらいはゆっくり休まないと。ほら、座って」
「騎士さんとシスターさんの微笑ましいやり取りを、俺の店で見れる日がくるなんてな……」
立ち上がろうとした私より速くマウさんに肩を掴まれ、もう片方の手で口の中にチーズを入れられました。
濃厚な味が、口の中に広がります。
「はい、温かいミルク飲んで」
「は、はい……」
「……良い」
そのミルクは身体を内から温めてくれて、ホッと溜め息がこぼれました。
「シャリーネちゃんにとって、モルテラちゃんって子が大切なのは伝わってるから。けど、それでシャリーネちゃんが倒れたらその子が悲しむでしょ?」
「それは……そうですね。マウさん、ありがとうございます」
「……言葉は、不要か」
真剣な眼差しのマウさん。
モルテラ様がいない不安が、私を焦らせてしまっていたのかもしれません。
さて、ところでずっと気になっていたのですけど。
「貴方は?」
「へへ、俺はただのしがない酒場のマスターよ。名乗る程のもんじゃねぇ」
カウンターの向こう側で腕を組んだスキンヘッドの偉丈夫が、腕を組んで頷いています。
「マスター、お酒ある?」
「ああ、ロスレーが誇る地酒があるぜ騎士さん」
「わーい! じゃあそれ頂戴!」
「おうよ、シスターさんもどうだい?」
「いえ、お酒は飲めませんので遠慮します」
カウンターの裏から木で造られたジョッキに酒場のマスターがお酒を注ぎます。
身を乗り出して、マウさんはジッと瞳を輝かせて見つめていました。
目元を隠す仮面がありますけど、仕草でわかります。
「シャリーネちゃん、シャリーネちゃん! 君の瞳に、乾杯……」
「はい?」
「伝わんないかー! ウケる!!」
マウさんは笑いながらジョッキのお酒を一気に飲み干しました。
ドラギルトだとマウさんの年齢でも飲酒が出来るのですね。
私はまだ飲めないので、少しだけ羨ましいです。
「ああー! 今日も疲れたー!」
「マスター! いつもの!」
「
「ばーか! それが良いんだろうが!」
「そうだそうだ! 優しい姐さんなんて姐さんじゃねぇよ!」
「うわっ! 超可愛い子いるじゃん!」
「え、あれシスターじゃね!?」
「マジ! とうとうこの街の教会にもシスターが来たのか!?」
「っておーい! 隣に男いんじゃんかぁ!」
「いや……男でもあれぐらい綺麗ならアリじゃないか……?」
「おや?」
「アハハ! 何あれ、みんな同じ格好してるよウケる!」
なんか大勢の若い鉱夫の方たちが、ぞろぞろと酒場に入ってきました。
マウさん、人を指差して笑ってはいけませんよ。
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