第28話  奇跡を貴女に

「さあ、覚悟は良いだろうね!」

「いえ、まったく」


 外です。

 酒場の外にいます。

 対峙しているのは赤髪で男勝りの、姐さんと呼ばれている女性。

 彼女は握り拳を合わせてやる気満々です。

 その理由がまるで私にはわかりませんでした。


「姐さん頑張れー!」

「怪我しないでくださいよー!」

「明日も仕事なんすからねー!」

「勝って祝杯っすよー!」

「俺、シスターちゃんに賭けようかな……」


 店の入り口に集まる鉱夫さんたち。

 数が減っているのは酔いつぶれて倒れている方が店の中で寝ているからでしょう。

 当然、その中に混じって。


「シャリーネちゃーん!」


 ジョッキを持ったマウさんが。


「殺しちゃ駄目だよー!」


 笑顔で手を振っています。

 どうもやらなければいけない流れのようです。


「ハッ、殺すとか……アタシも舐められたもんだね」

「あの、一つお聞かせください」

「なんだい?」

「争う理由がわからないのですが」

「ハッ! 自分の胸に聞いてみなっ!」


 答えてもらえませんでした。

 突撃してきました。

 聞く耳ありませんでした。

 えぇ……。


「食らいなっ!」

「えっ」


 大振りのパンチ。


「これならどうだい!」

「えっ」


 考え無しの突撃。


「ちょこまかと!」

「えっ」


 無駄な動き。


「避けるな!」

「えっ」


 この人。


「や、やるね……!」

「えっ」


 とんでもなく、弱いです。


「ちぇあああああっ!」

「えいっ」

「あうっ!」


 足を引っ掛けたら転びました。

 戦い慣れとかそういう次元ではなく、喧嘩ド素人という感じです。


「あちゃー!」

「やっぱそうなるかー!」

「姐さん頑張れー!」

「泣いちゃ駄目っすよー!」

「シスターちゃん、良いな……」


 鉱夫さんたちの反応から察するに、そういう方なのでしょう。


「シャリーネちゃーん! 喧嘩はもっと派手にやろうよー!」


 いや、駄目ですって。


「……アンタ! アタシを馬鹿にしてるのかい!?」

「いえ、そんな事は」

「さっきから避けてばっかじゃないか! 少しは反撃したらどうだい!?」

「はぁ……」

「ほら! かかってきなよ!」


 彼女は起き上がり、両手を広げました。

 両足で地面を踏みしめ、私を待っているようです。


「あの」

「なんだい、ビビッてるのかい!?」


 やって、良いんでしょうか。


「シスターのへなちょこパンチなんて屁でもないね!」

「ふむ……」


 流石に、ここまで言われては黙っていられません。

 ニニミお姉様も、舐められたらわからせましょう……と言っていました。


「本当に、良いんですね?」

「良いに決まってる!」


 彼女の右腕に凄く力が込められています。

 私の攻撃に合わせてカウンターを決める気満々です。

 わかりやすすぎて、罠なんじゃないかと思うぐらいでした。

 仕方ないので、一撃で終わらせましょう。


「では」

「……さあ、き――」

「えいっ」

「――な」


 回し蹴り。

 彼女の身体がくの字に曲がって酒場の入り口に吹き飛んでいきました。

 鉱夫たちの横を抜け。

 

 ドゴッ!!

 壁にぶつかり、動かなくなりました。

 あ、やり過ぎたかも。


「姐さーん!?」

「何だ今のお!?」

「一瞬で吹っ飛んできた!?」

「うわあ、泡吹いてんぞ!!」

「シスターちゃん、つえぇ……」


 壁も少し凹んでしまっています。


「アハハハハ! シャリーネちゃんやりすぎだって! ひどーい! ウケる!」


 マウさん馬鹿笑い。

 貴女、どっちの味方ですか。


「はぁ……」


 私は溜め息を吐いて、のびている彼女の元へ。

 喧嘩を売られた側ですが、終われば全て忘れましょう。

 あと、実力差があり過ぎて罪悪感が凄いので。


「失礼します」

「ちょ、シスターさん! もう勝負はついたって!」


 勘違いされているようですが、無視します。

 彼女の前に跪き、ベールを被りました。

 これから行なうのは、聖女の奇跡。


「――主よ」

「え?」


「――癒しよ」

「シスターさんが光った!?」


「――聖女わたしは此処に」

「何が起きてんだ!?」


「――祈りを想いに」

「ふふ、これこそボクのシャリーネちゃんの凄い所さ!」


 そして、最後に。


「――奇跡を貴女に」

「……んぅ?」


 聖女として久しぶりの、他者へ与える奇跡を。


「あ、姐さーん!」

「すげぇ! 傷が全部治っちまった!」

「マジかよ! 腕が変な方向に曲がってたのに!」

「シスターさん! アンタ何者だ!?」

「俺の目に狂いは無かった……」


「ハッ!? さあ、かかってきな!」

「もう終わりましたけど」

「ほぇ?」


 姐さんが目覚めました。

 何でそんなに好戦的なんですか貴女は。


「シャリーネちゃんすごーい! 今度ボクにもやってよ! 腕の一本ぐらい折っていいからさ!」


 マウさん、とりあえず酔いを醒ましませんか?

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