第12話
今日は雨宮先生の授業最後の日。
お願いされていた通り、私は教材室へ向かい入室する。
「来てくれてありがとう! また荷物運びで申し訳ないけれど。」
「雨宮先生の役に立てるなら、あと一緒に歩けるなら嬉しいですから! 全然いいんです!」
「まあ。うふふ。ありがとう。国語の先生として言っておくと、“全然”は後ろに肯定の言葉をつけて使うのは間違いね。最近はそうやって使う人が増えてるから、正しいように見えちゃうかもしれないけれど。『全然かまわない』が正しい形、ね。」
「全然美味しい、とかも間違いですか。」
「ええ。この先、高校や大学の入試、もっと先のお話かもしれないけれど就職試験でも面接をするでしょう。その時、言葉を正しく使えるかどうかが決め手になるかもしれない。社会を渡り歩いていくときに、少しの言葉の間違いが、大きなすれ違いを招くかもしれない。茶山さんには、素敵な人生を歩んでほしいから。」
今の、雨宮先生が私の人生を応援してくれてる? でも。
「先生がいてくれるだけで私はすっごく幸せです。」
「もう、茶山さんったら。私も茶山さんの卒業式までここにいたかったなあ。でも決まりは決まりだから。私がいなくなっても、頑張ってね。この一年で、国語はすっごく伸びたもの!」
そんなふうに言われたら、辛くても辛いって言えないですよ。それに、国語が伸びたのは間違いなく雨宮先生のおかげです。
「雨宮先生だから、私、国語頑張ってたんです。雨宮先生に会える、って思うと国語の授業が楽しみで。今もそうですよ。先生と一緒にいられる時間が増えるから、先生のお手伝いが出来て嬉しいんです。」
雨宮先生はちょっとびっくりしたのか、目がちょっとだけ開いて、えっと囁くような、息のような声を発した。
「私、茶山さんにそこまで思われてたんだ。一年間しか居られないから、そこまで生徒に思われるなんて思ってなかった。いよいよ、異動したくなくなっちゃったな。」
言ってから私は、自分の言っていたことに気が付く。
うわああああ! 恥ずかしいいいい!
「あ、あの! 私! うわあああ!」
「うっふふ。茶山さん、私も、茶山さんを教えられて良かったわ。私はね、生徒が頑張ってくれるのが一番嬉しいから。私が茶山さんにとってプラスになってたなら、こんなに嬉しいことは無いもの。さて、そろそろ本題に入りましょう? 今日運んでもらうのはこれね。そろそろ落ち着いて?」
そんな優しい声で言われても落ち着けません!!
結局、7割くらい浮ついたまま私は雨宮先生の出してきたものを受け取る。
「国語辞典、ですか。」
「今日はこれでゲームするから。楽しみにしててね?」
国語辞典でゲーム。想像がつかない話をされて、ようやく落ち着いてきた。
「今回も前回と一緒で全部で9冊ね。結構な重さよ? 大丈夫?」
「大丈夫です、任せてください。」
「ありがとう! 茶山さんには4冊お願いするわ。」
もっとください、と言おうと思ったけれど、9冊の辞書が入ったカゴを持ってみて挫折した。お、重たい。ちくしょう、悔しい! 私にもっと力があれば、もっと雨宮先生の役に立てるのに!
「無理しなくていいわ。9冊を私と茶山さんで半分こしましょう?」
「面目ないです……。」
結局、私が5冊と雨宮先生が4冊をそれぞれカゴに入れて運ぶ。
重かったけれど、雨宮先生の綺麗な手に重いものを持たせたくなくて、1冊多い分は頑張った。
いつか、この重たい辞書を2人で運んだことも思い出になるのかな。
辞書が重たすぎて今日は雨宮先生とお話しする余裕はなかった。
でも、雨宮先生もきつそうだった。
あーん! もっと私に腕力があったらなあ!
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