第11話
3月。雨宮先生の国語の授業も、あと2回。
最後の漢字の小テストで、私は紙の片隅に「最後のテストだから満点を取りたいです」と落書きする。
怒られちゃうかな。落書きしないでね、って。
最後の小テストが終わった。切ないなあ。
雨宮先生の授業、つまり中学2年生の国語の授業は今日を含めてあと2回。
と言っても、教科書の内容は終わってしまった。
雨宮先生曰く、今年度は雪がたくさん降るって聞いたから授業のコマが飛んでもいいように早め早めに授業を進めたら、逆に早く進みすぎて2コマも余裕残して終わってしまったらしい。
余った2コマで何をするか。
雨宮先生が用意したのは百人一首だった。
実は、前の授業で雨宮先生に、次の国語の授業の前に教材室に来てほしい、授業後も手伝って欲しいことがあるとお願いされていて、雨宮先生からのお願いならと私はルンルンで教材室に向かっていた。
「百人一首、ですか?」
「ええ、9セットも一人で持ちきれないから、茶山さんなら手伝ってくれるかな、と思ったの。4セット、お願い出来る? 授業が終わった後に、ここに戻しに来るのも手伝ってくれる?」
「もちろんです!」
「うふふ、ありがとう!」
雨宮先生からありがとうって言ってもらえた!
教材室から教室まで、4セットの百人一首を抱えながら雨宮先生と並んで歩く。幸せだなあ。
やっぱり、来年も先生と一緒にいたいなあ。
授業が始まって、クラスを概ね5人一組8グループに分けて百人一首とプリントを配る。プリントは和歌が2首とその現代語訳が書いてあるだけのシンプルなものだった。
「完全に余談というかオマケね。授業でも百人一首はやったけれど、今回は貴方たちへのはなむけの歌と、個人的に私が好きな歌を紹介して、あとは私が詠み上げするから普通に百人一首しましょう。次回はどうしようかな。とあるゲームでもやりましょうか。内容はお楽しみ! では、今日の授業始めるわよ。」
え、授業でゲーム!? なんだろう?
私がわくわくしているうちに、雨宮先生が黒板に和歌を板書する。
ながらへば またこのごろや しのばれむ うしと見し世ぞ 今は恋しき
藤原清輔朝臣
「“もし長生きしたなら、辛いと思っている今をまた懐かしく思うのだろうか。辛いと思っていた過去の日々も、今となっては恋しく思い出されるから。” 進級するあなた達へのはなむけね。今がつらいと思っている人もいるかもしれないけれど。あなた達のゆく道には、これから楽しいことだけでなく辛いことや厳しいことも待っているわ。でも、そんな苦労も時間が経てば思い出になるかもしれない。辛すぎて心が折れちゃうような苦労からは逃げるべきだけれど、程よい苦労は成長の
中学を卒業したら、大人になったら、どんなことが待っているのかな。不安なことや心配なことがあっても、過ぎちゃえば思い出になるのかな。
辛いことがあったら、この和歌を思い出せば頑張れるのかな。
「次は私が好きな歌ね。」
雨宮先生がもう一首の和歌を黒板に板書する。
しのぶれど 色にいでにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで
平兼盛
「"秘密にしていたけれど、顔に出てしまったみたいだ、私の恋が。恋の悩みでもあるのですか、と人から聞かれてしまうほどに。" 自分では隠していたり、あるいは自覚してなくても、恋の相手に会ったり話題が出たりすると顔に出ちゃって、他の人に気づかれちゃう。そのくらい相手を好きになれるのって、素敵なことだと思うの。今は恋してても恥ずかしくて秘密にしてる、そんな人もいるかもしれないけれど。秘密にしててもこぼれ出てしまう相手への気持ち。それはそれで、私はいいと思うな。」
私は雨宮先生が大好き。恋とは……違うかな。そもそも恋って何? 好きなのとどう違うの? どこからが恋?
雨宮先生は私のことをどう思っているのかな。
雨宮先生と一緒だと楽しくて幸せだけど。それは恋なのかな……? わかんないや。
「はい、最終回一つ前の授業でした。じゃあ、後は時間まで百人一首大会ね。読み上げは私がするわ。札を並べて。絵のほうじゃなくて文字だけの方ね。絵の方は今日はあなた達は使わないから。」
率先して取り札を並べる。ものやおもふと……? あ、雨宮先生の好きな和歌だ! これ絶対に取る!
「準備できたかしら? じゃあ始めるわね。めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに……くもかくれにし よはのつきかな……」
雨宮先生の詠み上げからちょっと経って次々にバン! バン!と取り札を取る音がこだまする。
雨宮先生の声にちょっと気を取られちゃって、取り札を探すのが一歩、出遅れちゃった。
結局、百人一首大会で取れたのは「しのぶれど 色にいでにけり」1枚だけだった。でもこれが取れたから私としては大満足!
授業が終わって、雨宮先生のもとへ行って百人一首を一緒に運ぶ。
「雨宮先生! "しのぶれど 色にいでにけり" 取れました!」
「オマケ授業も聞いて覚えてくれたのね! さすが茶山さん!」
雨宮先生に褒めてもらえた! 嬉しい!
「これだけは絶対に取りたい、って思って最初からずっと探して目をつけてました。」
「1点狙いだったのね。」
「取りたい札が取れたので私は満足です。」
「ふふふ。楽しんでくれたなら何よりだわ。」
教材室に着いて、百人一首を片付ける。
「雨宮さん、次の授業の前と後もお手伝いしてもらっていい? 今度も今日みたいに荷物運びだけれど。」
「もちろんです。」
少しでも雨宮先生と一緒にいたいから、雨宮先生の役に立ちたいから。
そんな気持ちで私はいっぱいだった。
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