第5話 黙認の裏側に

 「間違いなかったみたいね」


 屋根をぶち抜いたエリオットは、自身とラニアの周りの重力に干渉して、ふわりと降り立った。


 「な、なんだお前らは!!」


 尻もちをついたままエリオットを見上げる男の腰元に剣を佩いており、エリオットは迷いなく声を奪った。


 「今のも魔法なのですか?」


 詠唱はなく瞬きほどの間に起きた異変に、ラニアは気づいた。


 「わかるんだ。凄いね」


 エリオットは驚いたような表情を浮かべてラニアを見つめた。

 何しろ魔法発動までの予備動作を隠蔽魔法で消していたのにも関わらず、ラニアはそれに気づいていたのだ。


 「直感です」

 「今のは、【沈黙サイレンス】っていう魔法で対象の或いは特定の空間の音を奪う効果があるんだ」

 

 エリオットの説明に男は絶望したような表情を浮かべた。


 「と言っても、これほどの商館ともなれば流石に気づかれていそうだけどね」

 「そういうことでしたら、早く彼女たちを解放したほうが良いのではないでしょうか……?」

 

 ラニアの言葉に頷くと、エリオットは男を見下ろして静かに言った。


 「鍵を持っていたら渡して欲しいかな」


 男は鍵を持っていないのか或いは拒否なのか、頭をフルフルと横に振るばかりだった。


 「そっか……なら、悪いけど死んでくれ」

 

 冷酷さを感じさせる声でエリオットは、そう言うと今度こそ本当に相手の声を奪った。

 飛び散る血が地下質の壁を赤く汚し、ゲージの中にいた少女たちは悲鳴をあげた。


 「大丈夫、私たちはあなた達を助けに来ました」


 そんな少女たちを落ち着かせるようとラニアが檻越しに声をかけた。


 「驚かせてしまったかな……?」


 温かみを取り戻した声音でエリオットは、すまなそうに言うと少女たちは幾分、警戒をといた。


 「君たちのことは僕が責任をもって保護するよ。そして僕から危害を加えないことは約束する」


 エリオットは、檻の鍵穴に魔力を注ぎ込むとそのまま鍵を作り出してしまった。


 「正面玄関から入ってもよかったかもしれませんね」

 

 ラニアは何でもありなエリオットに苦笑しながら言うと、エリオットは頬を掻きながら


 「忘れてたよ……」


 と、恥ずかしそうに言うのだった。

 

 ◆❖◇◇❖◆


 「これで全員大丈夫そうかな?」


 檻から出てきた少女たちの体調を確認し、体調が悪い者には治癒魔法をかけて残すとこは脱出するだけになった。

 だが商館とて商品の異常に気づかないはずはなく、暗かった室内に明かりが灯された。


 「武器を置けば、女の方は殺しはしないぜ?」


 下卑た視線と共に、浴びせられた言葉にエリオットが振り向くとその首目掛けて短剣が飛翔してきた。


 「おっと……逃しちゃくれないみたいだね。ラニア、みんなを守ってくれ」


 地下室の入口は、既に商館の傭兵と白銀の鎧を纏う男たちによって固められていた。


 「聖書では禁じられている人身売買が黙認されているのは、教会と奴隷商とがグルだったってことで確定みたいだね」


 エリオットは冷静にそう結論付けると、自身が強大な敵を相手取ることになったのだと悟った。


 「男の方は生かして帰せねぇな」


 白銀の甲冑を身につけた男は大剣を抜き、油断なくエリオットへと構えるのだった。

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