第4話 ラニアと魔剣

 「まさか元大賢者なのに、窃盗紛いのことをするなんてな」


 夜半を過ぎた奴隷商館の屋根に、エリオットと犬獣人の少女の姿はあった。


 「今更だけど一つ聞いてもいいかな?」


 エリオットの言葉に、少女はキョトンとした様子でエリオットを見つめた。


 「君の名前をまだ聞いてなかったなって思ってさ」

 「ふふっ、そう言えばそうでしたね」


 少女はエリオットと出会った時からは想像できない柔和な微笑みを浮かべた。


 「私は犬獣人のラニア・セーブル」

 

 そう名乗った少女にエリオットは今更ながらに目を奪われていた。

 黒と白銀とが入り交じった髪に、整った目鼻立ちと抜群のプロポーション。


 「何か変でしょうか……」


 エリオットに見つめられて顔を赤らめながらラニアが伏し目がちに言うと


 「ご、ごめん。不躾に見つめちゃって……全然変じゃないから安心して!!むしろその……」


 申し訳なさそうに言った言葉は、そこでつっかえた。


 「むしろ……?」


 小首を傾げるラニアにエリオットは、「フォローしなきゃ!!」の一心で


 「可愛い……かな」


 と、目線を逸らしながら言った。

 予想外の言葉にラニアは、ボンッと赤くなった顔を手で覆い、俯きがちに結った髪の毛を指で弄ぶのだった。


 「ご、ごめん。その……僕、こういうの慣れてなくてさ……」

 

 頬をかきかき、恥ずかしそうに言ったエリオットにラニアはボソッと


 「スケコマシとかタチ悪いです……」


 と言ったのだがもちろん当の本人には聞こえてはいなかった。


 「そろそろ行こうか」


 夜風が二人の熱を冷ました頃、エリオットは身体に魔力を纏わせた。


 「魔法を使うのですか?」

 「このまま、地下まで穴を開けるんだ」


 エリオットはすでに探知魔法により、奴隷と思われる無数の生命反応は確認済みだった。

 建物の間取りが分からないなら直行できる通路を開ければいいという考えだった。


 「たぶん戦闘になると思うから、用意はしといて」

 「任せてください!!」


 ラニアは役割を貰えたことが嬉しいのか、尻尾を振っていた。


 「これを使って」

 

 エリオットはアイテムボックスから一振りの剣を取り出すと、ラニアに鞘ごと渡した。


 「私なんかが使ってもいいのですか?」


 その剣の持つただならぬオーラにラニアは小首を傾げた。

 それもそのはずでエリオットが手渡したのは、使用者に合わせて形状を最適にする魔剣クレシューズだった。

 

 「その剣が業物ってわかるんだね。そいつは嫌がってない。つまりラニアはクレシューズの使用者に相応しいってことだよ」


 神話級の武器は往々にして持ち手を選ぶ傾向が強くものによっては、持ち手の性格を捻じ曲げてしまうようなものまである。


 「そうなの……ですか?」


 ラニアが恐る恐る鞘から剣を抜くと、剣は細剣レイピアに似た形へと姿を変えた。

 

 「手に馴染みます」


 ラニアは、洗練された剣さばきをみせた。


 「そうか……ならよかったよ。もしかしてラニアは……いや、なんでもないんだ」


 エリオットはラニアを見て、既視感を抱いたがそれは勘違いだと否定するかのようにかぶりを振った。


 「どうしたんですか……?」

 「ラニアによく似た人を思い出してね。きっと僕の気の迷いだ」


 エリオットは、それ以上は訊いてくれるなと言いたげな表情を浮かべた。


 「そうですか」


 それを悟ったのかラニアはそれ以上の言及はしなかった。

 

 「準備はいいかい?」


 エリオットは魔力を纏った右手を屋根に押し当てるとラニアに尋ねた。


 「大丈夫です」


 ラニアの答えに頷いたエリオットは、そのまま屋根へと魔弾を放った。

 音もなく溢れ出した閃光は破砕音と共に周囲を真昼の如く照らしたのだった―――――。

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