第3話 少女の願い
少女から聞いた話はエリオットの想像を絶するものだった。
「魔王軍勢力との戦争が終結して平和な時代が訪れたと思っていたのは僕だけだったってことか……」
エリオットが屋敷に蟄居し始めてからもう半年。
人々の暮らしとは隔絶されたこの屋敷からは、世の中の移ろいなど知る術などなかった。
人々にとって一番の懸案事項であった魔王軍勢力が消え失せ、彼らの目は政治に向いた。
私腹を肥やすのに余念が無い教団が仕切る政治など、上手くいっているはずはなく立ち待ち民衆の不満が膨れ上がったのだという。
そして窮地に立たされた教団は、民衆の不満を別の方向へと向けさせるためにある噂を流布した。
それは―――――『獣人族が次の災厄の種だと託宣が下った』というものだった。
人命の軽いこの世界には少なからず、神を妄信する者たちがいた。
そういった連中を中心に獣人族を駆逐しようという運動が始まれば、それに目をつけた奴隷商がこれ幸いと獣人族を攫って秘密裏に売買するのだ。
エリオットが保護した少女も例に漏れず、奴隷商に攫われた獣人族の一人だった。
「他の人たちは無事だと思うか?」
その問いに少女は黙って首を振った。
「奴隷商もその護衛も、他の子たちもみんなガルダに殺されました。命からか逃げ延びたのは私一人です」
時世が時世と言えど、獣人族を奴隷に堕として運んでいることなど、大っぴらにするわけには行かず、少女を運んでいた奴隷商は腕利きの冒険者を頼って『死の森』を抜ける道を選んだのだった。
「そうか……一番近くにいながら気づいてあげられなかった」
エリオットは己の無力を恥じるように言った。
すると少女は真剣な眼差しでエリオットの目を見つめた。
「お願いがあります」
少女はエリオットが魔王軍勢力を壊滅させた大賢者エリオットだとは知らずに、ワンピースの裾をギュッと握って頭を下げた。
「命でもこの身体でも、私が差し出せるものは全て貴方に差し出します。だから……ッ、どうか罪なき獣人族たちを助けてくださいッ!!」
力強く、そして最後は涙で頬を濡らしながら少女は床に頭を擦り付けた。
「頭を上げてよ」
エリオットは少女の行動に驚いたように言ったが、少女は頑なに頭を上げようとはしなかった。
「なんで僕を頼ろうと思うんだ?」
エリオットは静かに尋ねた。
「意識を失う直前、貴方は【
ガルダは勝てない勝負はしないという堅実な一面を持ち合わせた魔獣でもあった。
鼻が利くというのか、勘が鋭いというのか相手の実力を図ることが出来るのだ。
「そうか……」
そこまで強く言われてしまえば、あるいは見込まれてしまえばエリオットとて返す言葉を決めざるを得ない。
それにエリオットは人族を救った大賢者でもあった。
その矜恃がエリオットの選択を決めさせた。
「分かったよ。できる限りの事はしてみようと思う」
消して安請け合いなんかではなく、エリオットの目には強い意志が宿っていた。
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