おかしなひと
魚田羊/海鮮焼きそば
読めない本を買う
本なんてふだん全然読まないのに、部活帰りに寄り道して本屋の前にいる。顔の長いおにーさんがひとりでやってる、ちっさい本屋。できたら入りたくない。でも入らなきゃなんない。欲しいものがあるから、入り口のドアを開けた。
がらんとしてる。いまはお客さんがいないっぽい。
「よぉ、嬢ちゃん」
「こんちはっ。あと嬢ちゃんやめてください」
店長のおにーさんのだるだるした声。真っ黄色の布にチューリップのプリントがしてある、やたらかわいいエプロン姿が目立ちすぎ。
そんで、なんか名前覚えられてるっぽい。たぶん20代ど真ん中くらい? 悪いひとじゃないけど……その変な呼び方だけは腹立つ。
とりあえずあいさつだけして、無視無視。いまは目の前の本棚でいっぱいいっぱいなんだ。
選択肢がありすぎると逆に選びにくくなるよね、って前に友達が言ってたんだけど。あの子の言う通りだと思う。
本屋ってさ、マジで本が多すぎ……。何冊あるのさ。手前のほうには低い本棚、奥のほうには天井まで届く本棚。その全部が本でぎっしり。やばっ。こわっ。
正直どの本も興味ない。いや、興味とかいう前に、よくわかんないんだけどさ。長いこと文字読むの疲れるし、あんないっぱいの文章やら登場人物やら覚えられんでしょ、普通に。テニスやってるほうがよっぽど楽。ってか、なんも考えずに楽しんでられるし。
うちがここに来たのは、本以外に欲しいものがあるから。
レジ前、バスケットにてんこ盛りのやつ。1個手に取る。店長のおにーさんがどっかと電話してるうちに。
めちゃめちゃ読みづらい筆文字で名前が書いてあるだけの、シンプルなパッケージ。値段の割にやたらみっしり入ってる中身。
『しいたけせんべい』
本屋となんも関係ないのになんか置いてあるこれが、マジで好きなんよ。愛してる。らぶ。神。こないだの花見にもこれ持っていったし。
しいたけせんべいとうちとの出会いなんだけど。何年か前に家族で東北旅行したとき、泊まった旅館でお茶と一緒に出てきてさ。しいたけを練り込んだ地元のおせんべいです、って。なにそれ? だよ。でも食べたらマジでおいしいんよ、これが。すごいうまみ! 香ばしい! なのにさくっとかるっと食べれてお茶に合う! ってかんじ。
あんまり衝撃だったから、家帰って即、母さんにググってもらった。けど通販どこにもなくて。基本その地元でしか売ってないとかなんとか。あのときはガチ泣きしたよね。
でも、去年よ。たまたま部活の先輩とこの話してたら、「近所の本屋で見たよ」って。そんなことある? 本屋やぞ?
さっそく行ってみたしちゃんとお目当てのやつあったけど、本屋に来てしいたけせんべいだけ買っていく客おかしいじゃん。おにーさんにおかしなひとだって思われるの、普通にやだし。あと本に失礼じゃん? だから本を1冊、せんべいとセットで買うことにした。いやまあ、そっちのほうが本に失礼かもだけど。
タイギメーブン? だっけ。それを手に入れたくて、うちはここにいる。また、読めもしない本を買う。
よくないことなのは、とっくにわかってる。
☆
何買お。うちも中学3年でいちおー受験生だし、高校受験の参考書とかが安定なんだろうけどさあ。もう家にあるんだよね。あんまり何冊も何冊も買うより、ひとつの参考書をガッツリやりこむほうがいいんでしょ? まあ、どうせうちはバカなとこしか行けないし、気にするだけムダじゃんね。てきとーにこれでいいか、って――高っ! やめとこ。
じゃあどうしよ。漫画? 小説よりは読みやすいかなってこないだ買ったけどダメだった。字と絵両方追っかけるのしんどい。小説も専門書もムリムリ。どういうのなら楽しく読めそうかわかんないし、そもそもカバーかかってて立ち読みもできない。
うーん……結局前にも買ったファッション誌? いや、それじゃワンパターンすぎて恥ずい。
なにより――うちだって本とかちゃんと読んでみたいって気持ち、ある。
……うん。うちは決心した。
「あ、あの、おすすめの本ありませんか?」
おにーさんに話しかける。レジ台を挟んで。ちょうど電話が終わったっぽいおにーさんは、のっそりとうちのほうを振り向いた。
「うん? おすすめの本~?」
いちおー櫛は入れたのかなってくらいの雑なロン毛。ぶわっと広がる。
いつ聞いても眠そうな声だけど、その声がいま、ちょっとだけシュッとなった。
「本が読みたいけどどこから手ぇ着けたらいいかわかんなくて、それで」
なんか顔が見れない。本屋のひとの前でこんなこと言うの恥ずいし、まあ。
「なるほど……それでオレの出番ってわけね。そうだなあ、好きな物語とかある?文字媒体じゃなくても、アニメにドラマに映画に、あとは舞台だとか。声劇なんてのもあるな」
「ああ~……映画はたまに見ます。映画館だったら、集中切れそうになってもぜったい最後まで見なきゃなんないから」
自分で言うのもなんだけど面白くなさそうな言い方~。いいんかなこれで。
でも、おにーさんはうちを笑わなかった。ぼやーっとした目で受け止めてくれる。
「なるほどなあ。そうだよな、映画館だとさあ、人前で寝ちゃいかんぞってなって集中できるからもんなあ。だから最後まで映画をしっかり楽しめるんだ、わかるよ。そうか……」
おにーさんはしばらく考えてたっぽいけど、
「原作小説があるタイプの映画なら、その原作を読んでみたらどうよ。できたら喫茶店とかさ、人前で」
「たしかにカフェはいいかも……」
「な? 映画とかドラマを見てから原作小説を読むと面白いんだよな。小説って映像媒体より多くのことが書けるから、映画で書ききれなかった、登場人物の細かい感情の動きとかが書かれてたりしてさあ。オレが小説を好きな理由のひとつには、それもあるな。とにかく、自分の好きな映画の原作とか、身近なところから読書を始めるといーんじゃない」
わからんけど。
腕と腕を開いてとぼけられた。ムカつく。けど、めっちゃ真剣に向き合って、考えてくれたのが分かるから。
「あ、ありがとうございますっ。原作が小説の映画で好きなの、えーっと――」
「あー、それなら――」
小説に一歩、踏み出してみる。このぎっしりの本棚たち、いつかこわくなくなるんかな。
☆
「これ、お願いしまーす!」
親切なおにーさんのおかげで、無事に好きなホラー映画の原作をゲット。あとはお会計だけ――と思ったら。
「せんべいはいらんの?」
「は? え、」
もしかして、ば……ばれてた!? 前から……!?
「そんな真っ赤にならんでも。うまいでしょ、これ。オレの地元のお菓子なんだよ。その縁で特別に仕入れさせてもらってる」
「いやマジでおいしいんですけど、らぶなんですけど。でも、あの……本じゃなくてお菓子のために本屋に来てるの、マジでごめんなさいなんで」
「だから、謝らんでいーって。恥ずかしがるのもやめな? いつも違う本と一緒に買ってカモフラージュしようとしてるの面白かったし。そんなことしたって、毎回せんべい買ってたら意味ないじゃん。そーゆー抜けてんのもなんか、かわいかったし」
「か、かわいっ……」
「それにさあ。読書なんて別にどんなきっかけで入ってもいいと思うんだよ。だから、ありがとう」
「こ、こちらこそ……。親切に、ありがとうございますっ」
うちをからかってんのかと思ったら、まっすぐに目を合わせてきて。おにーさんの瞳、きらきらしてる。……かっこいい。でもあんま見ないで。今日アイライン引くのミスったんだから。
なんだろう、ほっぺが熱い。うちのマシュマロほっぺが焼かれてるみたいに熱い。
「うんうん。じゃっ、お会計ねー。2点で996円になります」
野口を1枚差し出して、本とせんべいと4円を受け取る。
「またのお越しを~、しいたけ嬢ちゃん」
「はあっ!? だーれがしいたけじゃ!」
前言撤回。全然かっこよくない。からかうのやめろ。
本とお菓子、どっちも大事に抱きしめたら、ぎゅんって背中を向ける。おにーさんのバカ野郎。さっさと帰ろ。
「また来るんで! ほ、本を買いに! この本もまた、頑張って読むから!」
なのに、元気な声が出ちゃう。からかわれているのにさ。
……なんか。やじゃなかった。
おかしなひと 魚田羊/海鮮焼きそば @tabun_menrui
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