第14話 戦争
戦争が本格的に始まり、一年弱。
本格的に到来した冬の寒さは、暖炉の木すら節約された生活には恐ろしい敵である。
比較的に暖かい王都ですらも、雪が降り積もっている。
血で染まった前線が、まるでゆっくりと舐るかのように、じりじりと私たちの国を外側から内側へと削っていた。
まさかの諸外国が、敵であるフィルリ国への援助を次々と行っているとの噂だ。
モンシェリ国の王族たちが、まともな国交をしてこなかったせいだと、逃げ惑う人々は恨みを吐き出す。
籠城戦と言って過言ではない。
幸い、私の実家であるオルテンシアには備蓄が沢山有るため上手く切り崩し、領地の住人たちと慎ましやかに暮らしている。
姉は私の元婚約者の
妹は昔からの幼馴染みの貴族と結婚したが、お互い幼いため家族の元で暮らしている。
そして、私はというと。
「この軍事倉庫の備品、発注数と合わないわ。あと、医療用具も減ってきてるわ」
軍事倉庫で備品整理をしていた。これは、王族たちによる命令である。
軍人の妻たちで、身重ではないものたちは、軍事施設の手伝いをしろと。平民から貴族、関係無しに手伝いに奔走している。と、言っても、何も考えず仕事するのは、読書と勉強の次に楽しいものだ。
最初は自分の評判悪さのため、周りとは打ち解けないだろうと思っていた。
しかし、上流貴族よりも学校を首席で卒業しているのと、王族の婚約者をしていた時代の経験がここに生きたのだ。
軍人の人達は、とにかく面倒くさい書類仕事を嫌う人が多い。また、妻たちの識字率はまちまちで、書類や管理の意味を理解できる人たちはごく僅か。
そこを完璧にこなす私は、全員にとって便利かつ有能だったのだ。
妬む暇も無い戦時中だから、良かったのかもしれない。
けれど、それ以上に良くないことが多い。
倉庫管理を終えた私は、今度は今日の速達便を確認する。
「……東の砦が陥落。生存者は絶望的、か」
上がってきた報告書を見る。砦にいた兵士たちの人数と名前を調べる。そして、見つけたリストと、人数分の灰色の便箋を棚から取り出した。
字が書ける五人の妻たちに、二つを渡す。
悲痛な面持ちをする彼女たち、その内の一人がリストの前で崩れ落ちた。
「……うそっ」
「どうしたの、ですか」
「……ここは、私の父が……父が!」
頭を搔きむしりながら、咽び泣く彼女。
私は知っていた。彼女の父がこのリストに載っていることを。
でも、彼女たちに与えられた仕事は、家族に渡す死亡報告書を書くこと。そして、私は管理をするのが仕事が。
他の四人は、彼女の背中を撫でる。
「今日は休みなさい」
私は努めて優しい声になるように、彼女に退出を促す。
皆思うのだ。いつか、自分が彼女になるかもしれないのだと。
あまりにも毎日繰り返すとのだから、私の心は摩耗しきる。学生時代の知り合いも、親戚も、王城でお世話になった騎士も。
灰色の便箋を出してくる度に、感情が薄れている。
けれど、ついに、その番が来てしまったのだ。
「……エルギン領、夜襲と雪崩で陥落」
届いたばかりの手紙に記載されていたのは、絶望的な内容だった。伯爵領には、エルギン伯爵と、自分の夫であるグラウニー男爵がいる。
ガンッと、後頭部を殴られたような激しい痛みが頭を襲う。喉から下、身体は酷く冷たい。
あの、二人が死んだ、かもしれない。
頭に過るのは、初々しくも愛し合う二人の姿。少ししか交流はなくとも、勝手に幸せを祈っていた。
いつか、終わりが来るかもしれないと、思っていた。覚悟していた。
けど、こんなに早く来るなんて。
「ああ、書かなきゃ……けど、男爵の家族は私だけ……エルギン伯爵の、血縁も探さなければ………」
冷静さを取り戻そうと、ぶつぶつと唱えながら、リストと灰色の便箋を取り出す。
「まだ、死んだと決まったわけじゃない。貴方が守るって言ってたわよね」
リストの一番上にある、ランドロス・グラウニーと書かれた文字を睨む。
もし、死んでいるのなら、私のせいだ。
私が彼のお願いを聞き入れ、エルギン伯爵のいる死地に送る手助けをした。
なんと、ああ、私は馬鹿だったのかもしれない。
自分を責める言葉が、湯水が溢れるように次々と頭に浮かぶ。床に跪き、ただただ呆然と文字を見る。
暫くして、帰ってこない私の様子を見に来たが、軍人妻の一人が気付いたのか、優しく寄り添った。いつの間にか頬に流れた涙を、木綿のハンカチが優しく拭った。
でも、それだけで、済むはずがない。
悪いことは、立て続けて起きるのだ。
「……うそでしょ」
掲示板に貼られた新聞記事。戦争の最中に起きた凄惨な事件が埋め尽くす中、一つの小さな記事に息をのむ。
ニゲラ領の領主夫妻と、婿入りしたばかりのソーホーン子爵の次男が、領地見回り中野党に襲われ死亡した。
野盗は敵国の軍人ではなく、他領から流れ込んできたならず者だったそうだ。
そして殺された人達は、私の親友であるエイリアの両親と、伴侶の名前であった。
エイリアのお腹には、あと三ヶ月後に生まれる赤子がいると、この前手紙を貰ったのだ。
私は人生で初めて、業務を投げ出して、自分の部屋へと戻る。
そして、残り少ない紙便箋を一枚取り出した。
ただただ、エイリアの傍に、せめてこの手紙があってほしいという自己満足だった。
この、一ヶ月後。
遂に王城に侵入した敵軍によって、戦争は切り取られた王の頭と共に、酷く急な終焉を告げた。
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