第15話 終わりの後
戦争が終わり、捕虜たちの返還があった。
そもそもの戦争の発端はどうやら、うちの王族が何かやらかしたと、活動を再開していたゴシップ記事は報じていた。
本当に呆気ない終わり。
若き王と王妃は死に、亡命しようとした王弟は、暴徒たちによって殺されたそうだ。
類い希なるアイア様に近いとされる王女たちは隣国へ連れてかれた。今は幼いコリン王子を傀儡として、王家は隣国に掌握された。
元婚約者である王女は、王弟と亡命しようとしていたせいで、現在行方不明である。
そんな王族たちには、「よくも巻き込んでくれたな」という気持ちしかない。
こんなにも呆気ないなら、あと二ヶ月早ければ、と隣国に向かって恨み事を吐き出しそうだった。
喪に服すため、全身黒いドレスとケープに身を包み、待合の馬車に揺られていた。
絶望の雪景色が溶け始めたエルギン領、緑や土がちらほら見え始めた道を、幾人の人達が自らの足で山を登る。私もまた、同じように一歩一歩を踏みしめていく。
そして、その先には。
「……久しぶりだね」
「生きて、いたのですね」
雪の中から発掘され名前の麻布を掛けられた死体、一人一人捲っては誰かを探す人々。
その中で酷くやつれ小汚い男が、一人立っていた。
一瞬誰か分からない変わりようだったが、声を聞いてすぐにわかる。
エルギン伯爵だった。
「ランドに、生きろ、と言われてしまった」
屋敷で唯一無事だったという部屋の中で、私たちは静かに向き合う。今まで胸に溜まっていたものを吐き出すように、伯爵は語り始める。貴族らしかぬ姿だが、彼らの関係を正しく知っているのは私のみだ。
私は止めることもせず、伯爵の濁流を一人受け止めた。
あの日、報告通り敵からの夜襲にあったそうだ。執事を含む従者たちも襲われ、一緒にいた伯爵と男爵もまたどうにか応戦していたそうだ。
しかし、限界が来たのだろう。伯爵とか弱きメイドたちはこの部屋に逃げ込み、男爵は扉の前で応戦し続けたそうだ。
「ロイは、生きろって、生きて伝えてくれって叫んでて、そうしたら、凄まじい轟音が聞こえて……」
「そうですか」
雪崩が流れてきたのだろう。ギリギリのところで伯爵は生き残ってしまった。
「ランドの骨は見つけた。肉体は、見つけた時には、もう鳥に啄まれていた」
「そうですか」
茫然自失の伯爵が指差す方向には、木の収納箱が置かれている。私は静かに箱に近づき、蓋を持ち上げた。その中には、少し黄ばんだ骨が人体の形に並べられており、横にはボロボロの布切れがまとめられていた。辛うじて残っていた襟元を見れば、ランドロス・グラウニーの文字が刺繍されていた。
「この刺繍は、伯爵が?」
普通なら妻が夫を思って縫うものだが、私は縫った記憶がない。また、軍服も戦争が始まる前に刷新されたもので、死んだ前妻のものでもないだろう。
「そうだ」
「男爵も嬉しかったでしょうね」
丁寧に洗われた骨は、腐敗臭などの臭いもせず、丁寧に処理されている。
細かな骨も、集められるモノは全て綺麗に置かれていた。
これを集めた伯爵の気持ちを、私は測ることは出来ないが、相当な覚悟だったのは伝わる。
「ランドとは、もうお別れだけどな」
「えっ」
寂しそうな声、振り向けばどこか諦めを感じる表情を浮かべていた。だからこそ、私が驚いた声を上げ振り向いた事に、驚いたのか目を見開いていた。
「遺骨は、家族に渡す。そう決まっているだろう。そのつもりで、来たのだろう」
「そ、そうでしたわね……」
二人の安否をこの目で確認したい一心で、ここまで来てしまったので、本来妻がするべき役目を忘れていた。
「伯爵は、この後どうするのですか?」
「わからない。私の資財ではこの領を立て直すのは難しい。領民の殆ども死んだ。だから、死体の処理を終えたら、国へ返還する予定だ」
それは、貴族を辞めると同等のこと。
疲れ切って、少し投げやりな様子に、私は伯爵の心が摩耗しているのを感じる。
引きこもりと言われるほど、若きエルギン伯爵が一人で切り盛りしていたと聞いている。
そこまで血肉を注いだ土地が、雪で壊滅した。
更に最愛の人を、戦で無くしたのだ。
もう一度、箱へと目を向ける。
綺麗に手入れされた骨と、ボロボロではあるが土汚れが一つも無い布きれ。
私よりも、彼の心は……。
「伯爵、男爵を少しの間預けてもよろしいですか?」
「……どういうことだ」
「今日は
振り返って、伯爵に頭を下げる。
「……わかった。少しばかり、待ってやる」
「お気遣い感謝いたします。もしかしたら、良い知らせもお持ちできるやも、しれません」
私の言葉の真意に気付いたのだろう。伯爵の顔を見れば、複雑そうではあるが、どこか顔の筋肉がほっと緩んでいた。
こうして、一度エルギン領からオルテンシア領へと帰る。
未亡人が確定した今、私は次の結婚を勧められるのは見えている。
子を成していないし、身重でもない、嫁ぎ先はすぐに見つかるだろう。
だが、私はやはり人が望む夫婦になれない。
恋愛小説を読んでいた時、頭の中で登場人物たちがするのは問題なかった。
伯爵と男爵のキスシーンも見てしまったが、個人的にはなかなかのトキメキだった。
しかし、自分がするのは想像できなかった。寧ろ、酷く気持ち悪いのだ。自分に向けられるのが。
そう考えると、やはり、私はエルギン伯爵と結婚をすることが妥当だろう。
今のグラウニー領を二人で切り盛りすれば、伯爵も
「おかえり、ジア」
「戻りましたわ、お父様」
生家である屋敷に戻ると、お父様が入り口の広間にいた。随分と疲れた顔をしており、顔には黒い隈がくっきりとしている。手には沢山の紙を抱えており、正に仕事の最中偶然遭遇してしまったようだ。
オルテンシアは、運良く戦争による直接の被害はなかった。だからこそ、今が一番忙しい時。住む家を追われた移民たちが、毎日大量にやってくる。
受け入れや調整に、奔走している最中だ。
しかし、お父様を悩ますのはそれだけではない。
「お姉様は?」
「今、寝ているよ。また徘徊しないといいが」
姉は精神を崩し、夢遊病を発症した。そして、私の元婚約者であり姉の夫であったフレデリックは、そんな姉に耐えきれなかったのだろう。今ではすっかり冷え切り、王都で暮らしているそうだ。
なんと役に立たない男か。
まだまだ、山積みの問題ばかりに辟易としながら、父親と別れて自分の部屋に向かう。
部屋の中に入り、上着や帽子などを脱いでは、壁のフックに掛けていく。昔ならメイドたちが片付けるところだが、残念なことに殆どのメイドたちは結婚して出て行ってしまった。今は執事と数少ない従者たちが残っているだけだ。
ああ、疲れたと首を揉みながら、部屋にある机へと向かう。
「あら、手紙……」
机に一通の手紙が置かれていた。
「……あっ」
丸っこさがある癖文字は、とても馴染み深いもの。震える手で持ち上げ、封をしている面を上に向ける。
そして、赤いシーリングスタンプの紋様を見て、慌ててレターナイフを手に取り、手紙を開ける。
「エイリアっ……!」
『親愛なるジアへ』
書き出し文だけで、誰かわかる。
そう。それは、音信不通だった、親友からの手紙だった。
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