第13話 恋愛小説のような


 戦争が始まろうとすると、学院はどうなるのか。

 男性たちは勉学を続けるものも入れば、家の方針により軍へと志願するものたちもいる。

 女性たちは皆結婚を急がされ、次々と学園を去っていく。

 自主退学という形であったり、飛び級制度による卒業であったり。


 それは、勿論私も同じ。

 結婚による退学なんて馬鹿らしいと、ずっと思っていたが、悠長なことを言う状況ではなくなっていた。

 飛び級制度による卒業を上手く使い、今までの勉学と成績のお陰で、最後まで首席のまま卒業したのだ。


 学院を卒業して、一ヶ月後の秋。


「お初にお目にかかりますわ。エルギン伯爵」

「こちらこそ、はじめまして。まさか、貴方に会えるとは思いませんでしたよ、ミセス・グラウニー」

 本格的に雪が降り積もる前にと、私は今エルギン伯爵が納める盆地にある屋敷に来ていた。


 迎えてくれたエルギン伯爵は、応接間に入り、私へと挨拶をする。そして、すぐに自分の隣に座るグラウニー男爵を横目に見た。その目には微かに苛立ちもあるが、なんだかんだ甘く変化していくのに気付いた。

 私はやれやれと肩をすくめる。


「男爵から話はお聞きしてると思いますが?」

「申し訳ないが、簡単に信用できるほど、貴方の噂は聞いてる」


 冷たい一突きだこと。

 普通の女性なら怒り狂うか泣くかだろうけど、生憎私にとってこの牽制は経験過多になっており、最早挨拶と言っても過言ではない。


「そうですか。ならば、愛する人の言葉として、信じていただいても?」

 何にも動じない程に、私は強く固くなってしまった。

 伊達に学園内の噂に晒され続けてはいないのだ。


「……わかった。ランド・・・のお願いとして、聞こう」

「助かりますわ」

 さらりと出てくる自分の夫の愛称。もしかしたら、相手はもしかしたら試しているつもりかもしれない。しかし、そんな恋愛小説で読むような駆け引きは、私に何の効力も無い。

 だって、この結婚には、愛なんて少しも存在しないから。


「夫は、この地への配置転換を希望しております。比較的に前線が近い場所です。すぐに受理されるでしょう」

「……旦那を死地に送る気か?」

 湧き上がる怒りを噛み殺したような伯爵。隣に座る男爵は、口下手のせいで伯爵と私の顔を交互に見やるだけ。本当に舌戦できない男だと、心の中で悪態を吐きながら、微笑みを崩さないように言葉を紡ぐ。


「前線と言えど、最前線ではございませんわ。ここは冬になれば雪が降り積もり、非常に視界が悪く、敵とて選びたくない場所ですし」

 そう、山と森に囲まれたこの土地は、敵にも味方にもかなり難しい土地。余所者はなるべくなら行きたくないとしている。


 だからこそ、馬鹿素直に伯爵の元に通う図体のでかい男爵は目立つし、ゴシップ記者にとって格好のカモだったのだ。


「なによりも、男爵が望んだこと」

 それに、この引きこもりの伯爵を守りたいからと、この土地に来ることを決めたのは男爵自身である。ちらりと目だけを男爵へと向けた。彼は、今は伯爵を優しい瞳で見つめている。ああ、この人はこんな目も出来るのか。


 恋愛小説ならば、優しく甘く蕩けるような瞳で愛を請うよう、とでも形容されるだろう。

 口では何も言えないくせに、視線だけは雄大な愛を語ること。


 伯爵もまた、男爵の方を見る。大の大人の熱い眼差しに当てられたのか、彼の顔も少し赤くなるが、なぜかすぐ私に彼の視線が戻ってきた。

 それも、随分と顔色があまり良くない。

 どうしたのかと、私は伯爵に尋ねようとした。けれど、伯爵のが早かった。


「新婚なのに、別居なんて、更に悪評の的だぞ」

 口調のきついせいか、責めているようにも感じそうだが、表情から汲み取るに私を気遣っているのだろう。


 先程までは、私を疑っていたくせに。


「ご心配なく。他人の絵空事は聞き飽きてますの」

「……しかも、男色の噂もある。格好の餌だぞ」

「馬鹿な紫陽花令嬢には、いい気味だ。と言われるだけ。それ以外に、何か問題でも・・・・・・?」

 最後の言葉を強調すれば、伯爵は少しだけ目を見開く。普通ならば、この国で男色などの同性愛は御法度で、地獄に落ちるとされている。

 結婚してなければ地獄、同性愛でも地獄と、子供を産まなければ天国には行けない。

 何をしても地獄ではないかと、私は思うけれど。

 それに、彼らが選んだ道。進む先がどうなろうと彼らの意思次第。たまたま私との利害が一致しただけ、それ以上踏み込む権利はない。

 だからこそ、問題はないと、伝えたかったのだ。


「寧ろ、男爵からの惚気を聞かされなくて、清々しますわ」

「な! ランド!」

「す、すまない!」


 私の見事な返しに、顔を真っ赤にして怒る伯爵と、申し訳なさそうに頭を下げる男爵。

 本人たちはケンカしてるつもりなのかもしれない。

 しかし、端から見てれば、ただの恋人同士の乳繰り合いである。


 恋愛小説で読んでたものって、こういうことなのね。

 端から見てても、お熱い雰囲気に、肌が思わずむず痒くなる。「ひゅーひゅー」と囃し立てたい気持ちも分かった。


 正直、羨ましい。

 だって、私には、わからないから。

 これからも、この先も、きっと。


 結婚してすぐ、男爵から聞かされたことがあった。前線に出たかった理由を。王都で事務処理はただでさえ身動きの取れないのに、本格的な戦争になれば前線である伯爵の土地に行けるかどうかわからない。

 もしかしたら、行く前に何かが起きてしまうかもしれない。

 まだ、人員移動の願いができる今、彼の納める土地を守りたかったのだと。


 命を懸けた一世一代の、彼らの恋路。


 熱意に当てられた馬鹿な私は、出来ることがあるなら、少しばかり手を貸したくなってしまった。

 だから、こうして挨拶しに来ているし、王族の婚約者だった時のツテで、彼の移動を確定させた。


 戦争が始まる。

 どうなるか、わからない。


「私、疲れてますから、先に客間に案内してもらっても?」

 私はにっこりと、甘い世界に入っていた二人に声をかける。慌てて振り返った伯爵は、恥ずかしそうに「あ、ああ」と声を出して、呼び鈴で使用人を呼んだ。

 随分と良い年輪を顔に刻んだ執事が、すぐに入ってくる。伯爵は私を部屋に案内するように指示を出す。執事はすぐにエスコートするために手を貸してくれる。

 挨拶を軽くした私は、優雅に部屋の扉から出て行く。そして、扉が閉まる直前執事に問い掛けた。


「できる限り、夜静かな部屋にしてくださいませ。私、眠りがとっても浅いの」


 声にならない叫びが背中から聞こえる。

 私は少しばかり愉快だと笑いながら、伯爵の家を歩く。



 そんな日々が、続けば良いのにと心から思っていた。

 けれど、それは一通の紙で簡単に崩れ落ちた。

 

 

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