第10話 運命の出会い


 あの誕生日会以来、私は自らの足でパーティー等に顔を出している。今まではこういう場を疎んじていたが、意外と出てみると婦人同士の繋がりができるのは心強かった。


 しかし、パーティーに行くたびに、結局のところ無駄骨を折る結果が続いている。

 なにせ、誰にも特別な興味が湧かないのだ。

 今も私は男女の熱気に包まれたダンスホールを、休憩用のソファから眺めていた。

 あら、あそこはドルレアン男爵の長女と、ノルマンディー子爵の次男。楽しそうに笑い合いながら踊っている。二人にとっては、素敵な思い出になるのかしら。


 そんなことを思っていると、自分の隣に誰かが立った。


「おや、オルテンシア令嬢、ここでも会うとは奇遇だね」

「ロワール令息、ええ驚いております」


 ジャン・デル・ロワール。オルテンシアとはほぼ反対に位置するロワール領。その土地を管理するロワール辺境伯の長子かつ次期後継者である。美しい黒髪と、少し日に焼けた肌が特徴的で、柔らかく整った顔立ちをしている。


 ロワール領は、夏の避暑地オルテンシアとは真逆で、冬の避寒地と呼ばれており、一年中暖かい気候の地域。私も人生で一度だけ訪れたことがある場所だ。


「ここで、お話してもよいかな」

「ええ、構いませんわ」


 私の許可を得たロワール令息は、私の隣に座った。その仕草や姿勢も彼らしく柔らかで、その温和な性格はほとんどの人が高く評価している。

 それに、ロワール令息の地域は海に面しており、周辺の島国との貿易拠点になっている。金を生む地域とも言われているため、結婚相手としてこの上なく優良株だ。その証に、今この会場にいる令嬢たちの視線が、私を鋭く貫いているのをひりひりと感じている。


「オルテンシア領は涼しいと聞きまして、どういう土地なのですか?」

「そうですわね、年中涼しく、穏やか土地ですわ。あと、アイスワインを冬に最近作っておりまして。甘くて美味しいと、今少しずつ注目されておりますの」


 私は宣伝として、今一番売り出したいワインの話をすると、ロワール令息は目を爛々らんらんと輝かせた。そして、


「アイスワイン! 気になります、そんなにも寒い地域なのですね」


 アイスワインは、ぶどうを木に実った状態で自然凍結させ、そのぶどうを収穫して作る。

 この国では、冬は恐ろしく寒いオルテンシア領でしかできない芸当だ。興味津々に私の説明を聞くロワール令息。真反対の地域に生まれたからこそ、お互いの住む土地の話はとても興味深いし、お互い真似ができない内容だ。


 それからというもの、様々なパーティーでロワール令息とはお会いしては、言葉を交わす。今まで、男性との会話でここまで楽しいことがあっただろうか。

 それはまるで恋愛小説で読んだ恋のはじまり・・・・・・のようであった。


 そして、運命とは面白いもので、ロワール令息と私のことがゴシップ誌であるプティサロンで、書かれてしまっていた。


『ほぼ、婚約内定。モンシェリの南北協定か!』


 あまりにもでまかせな見出しのプティサロン。エイリアに見せられた時は、正直その品のない行いに腹を立てた。なによりも、ロワール令息からも我が家からも婚約の打診はない。

 私は頭を抱えつつ、オルテンシア領へと視察に来たロワール令息に頭を下げた。


「ロワール令息、あのようなことになってしまい、大変申し訳ございません。深く謝罪致します」

 屋敷へと挨拶に来たロワール令息に、私は心の底からの謝罪で頭を下げる。ロワール令息は「頭を上げてください」と困ったような声を上げた。私は戸惑いながら、ロワール令息の顔を見る。


「ハイジア嬢は悪くありません。寧ろ、意気地のない自分を恥ずかしいと思ったのは初めてでした」


「え?」

「ハイジア嬢、婚約を申し入れてもよろしいでしょうか」


 ハイジアの時が止まった。酷く喉が渇く。部屋の光もこんなに眩しく、目を突き刺すものだったか。酷く響く心臓の音は、今自分のことを表してるようだ。


「は、はあ、少し……考えさせてください。想像にもしていなくて」


 口からつい出ていった言葉には、本当と嘘が混じり合う。ロワール令息は優しく、「勿論です、急に混乱させてしまいました」と私の気持ちを汲み取って貰えた。そして、本来の目的だった視察へと向かう。


 しかし、ここで終わらない。何せ、屋敷には幾つもの目と耳が存在する。この求婚劇もまた、どこぞの目か、耳かが捉えているのは当たり前で、それが口によって広まっていく。


「ジア姉様、ロワール様に求婚されたのでしょう! いつ、結婚なさるの?」


 元気よく声を掛けてきたのは、妹であるデイジリナ。相変わらず春の妖精と呼ばれるように愛らしく元気な彼女は、私の恋愛ごとが気になるようだ。しかし、幼いからこそ彼女はズケズケと踏み込めるのだろう。


「まだ、決定ではないわ。デイジー、軽率なことを言うのはよくないわ」

「もう! お姉様ったら、あんな素敵な殿方から求婚! しかも、家格も同じ。最高じゃない。で、もちろん受けるのでしょう?」

「落ち着きなさい。お父様への打診もありますし、なによりも……わからないわ」


 少しばかり期待していたはずだ。

 それは先程、ロワール令息に対して言った嘘。少しは、求婚されるのではと思った。そして、私も恋愛小説のように、婚約されて遂に恋に落ちるのだろうと。でも、いざされた時、私は自分が覚えたのは。


 恋愛小説でよく見るような、胸が高鳴る高揚感ではない。

 寧ろ、ミステリーで大きな謎にぶつかった時の、得体の知れない困惑であった。


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