第9話 忌々しい記憶

 

 

「ジュリアン第二王子、こちらが我が娘のハイジアでございます」

「お初にお目にかかれること光栄です。私はハイジア・オルテンシアでございます」

 

 父親にお願いされて、急に王宮に連れてこられた私は、初めての二番目の婚約者であるジュリアン第二王子に出会った。美しい金色の髪と瞳は王族の証だ。

 

 

 あの頃は、現国王陛下もまだ王太子の頃であり、誰が次期国王かと宮廷内が水面下で熾烈な権力闘争が繰り広げられていた。

 

 その次期国王候補に勝手に祀り上げられた内の一人がジュリアン第二王子であった。

 

「そなたが、私の婚約者になるのか」

 

 ジュリアン第二王子は、まるで細心の注意を払うように発せられた言葉。

 

 おや、これは。その違和感を取り逃すほど、私は甘くはない。

 

 彼からでた声は、まるで小鳥が囀るかのような美しいソプラノボイス。

 

「はい、何卒よろしくおねがいします」

 

 美しいカーテシーをしつつ、王子の至る箇所にを静かに観察する。

 

 そして、私は理解した。

 王族の壁として、選ばれたのだと。

 

 王族の壁、それは女神アイアの血を引く王族の女性を守るために、結婚するまでの間の繋ぎをする仮の婚約者のことだ。

 

 信仰度合いというものは国によって異なるが、この国はアイア様が生まれ、神の子を産んだ国でもある。それなりに、信仰

 その神の子はこの国の初代の王となり、それが今の王族の血筋となっている。

 

「ああ、どうか私を支えてくれ」

「ええ、勿論ですとも。それが、お役目でございますから」

 

 ジュリアン第二王子は私の返事に少し頷いたあと、困ったように目を逸らす。

 

「まずは、王宮を案内しよう。エスコートが私の役目だからな」

「ありがとうございます」

 

 差し出された手を取り、王子の足取りに合わせる。美しい顔立ちは、女神アイア像を少しばかり彷彿される姿だ。

 

 壁がいても、これは危ないかもしれないな。と、私は思った。

 

(なるほど、狂信者対策か)

 

 どの宗教でも信者間での信仰度合いの違いというものがある。

 

 もちろん、女神アイアを信仰する人たちの中にも存在しているを

 その中て、盲信とも言えるほどの過激派の中で、特に信仰心が強い人たちがおり、彼らは自分たちなりの組織を形成している。

 

 彼らが名乗る正式名称は、愛の子供たち。

 

 

 そして、蔑称・狂信者という。

 

 

 この狂信者たちは、過去に何度かアイア様の血を引く王家の娘を誘拐し、神として崇めるためだけに、監禁をしたことがあるのだ。

 

 何度も根絶やしにした組織だが、幾度となく復活しては王家の娘を狙う者たち。

 

 その内、王家では娘が生まれたことを公表せず、全て男として育て、年頃になれば結婚するまでの間仮の婚約者を立てるようになった。

 

 仮の婚約者がいれば、狂信者たちは手を出せない。

 

 女神アイアは、恋人たちの健全なる交際を大切にしている。契りを交わしている時には誠実に、不誠実なことは即ち女神アイアの意向に背くことになる。不誠実なことには、騙したり、浮気や、仲違いさせるとか、そういうことも含まれているのだ。

 

 アイア様の意向に背く、即ち狂信者的な死を意味するのだ。

 

 

「ジュリアン王子、早く結婚出来ることを願っておりますわ」

「ああ……そうだな」

 

 ニコニコ笑顔を作り、本心からの言葉を伝えるとジュリアン王子は戸惑ったように笑う。王子がこの時どう受け取ったかは私は知らない。

 

 けれど、私達は絶対に結婚できない。女神アイアは男女の結婚のみを祝福しているからだ。

 

 偽りの婚約者を、アイア様はどう見てるのかしら。

 

 それから、一年間、私は王宮で王妃候補として、厳しい教育を受けた。

 我が家に帰れるのは数度、それ以外は王宮にある客室にて過ごすことになる。

 同じ境遇である第3王子の婚約者様であるエミィリ・ロマネスク侯爵令嬢が居なければ、私は確実に心を折っていた。

 それほどまでに、過酷なお妃教育である。しかし、それだけではない。私には、もう一つ困ったことがあった。

 

 王妃様主催のお茶会という名のお妃教育を終えて、唯一の楽しみである王宮の図書室に向かう。

 このお茶会でのお妃教育では、それぞれ候補者同士カラーが被らずに、前回と違う色を選択しなければならない。私は一番お気に入りである薄青紫のドレスを着ており、大変いい気分であった。

 最大の天敵が前から現れるまでは。

 

「おや、ハイジア・オルテンシア令嬢。随分長い滞在で」

 

 唯一の王弟であり、現大公の爵位をこの国で唯一名乗れる人。

 そして、私の一番の敵だ・・

 

「ご機嫌麗しゅうございます。マイルズ大公」

 

 エドマンド・マイルズ大公。1代限りではあるが、現王家に次ぐ爵位を持つ彼は、甥であるジュリアン王子を溺愛していることで有名であった。

 溺愛している甥に、変な虫がうろちょろとしてるのが気に食わないのだろう。

 

「なるほど、まるで紫陽花のような薄紫のドレスではないか。今まで着た・・・・・ドレスの中で、あなたの親しみやすいお顔立ちに一番お似合いで」

「至極勿体ないお言葉でございますわ」

 

 紫陽花が似合うと言いたいだろう目の前の男に、私は王宮で一番最初に叩き込まれる笑顔の仮面のままやり過ごす。

 この国で、紫陽花は「冷淡」や「移ろいやすい心」「無情」などと言う意味があり、今日私が来ていた薄紫のドレスにそれを掛けたのだろう。親しみやすい顔というのもまた、嫉妬する要素がない地味な顔という意味だ。

 

 デザインも色もお気に入りだったドレスが、いきなり遠回しの罵倒の一部に使われるのは、少々腹立たしい。しかも、これが出くわすたびにやられる。

 

 やれ髪飾りに品がないと言われ、やれアッシュブロンドは老婆のようだと言われ、やれ我が家の領地を吹けば飛ぶような田舎と言われ。

 

 ただ、流石に大公はジュリアン王子の前でこのような戯言はしない。

 

「……! 叔父様!」

「ああ、ジュリアン、私の小さな女神よ」

 

 ジュリアン王子との定期お茶会に、必ずに近いほど乱入する大公と、その大公の胸に飛び込むジュリアン王子。私は、ここからお茶会が終わるまで、読みかけの推理ものの本を頭で思い出すことにする。

 

 なにせ、二人の世界に入ってしまうからだ。

 

 貶された箇所はないほどだ、これほど迄に早くこの婚約期間が終われと願ったことはない。

 

 本当に苦しい一年間だった。図書室で一人静かに本を読む、それがなければ私は窓から飛び降りてた可能性もある。

 

 そして、一年後、私は壁の役目を終えた。

 

 なんと、私と同い年のジュリア第一王女と大公との結婚が決まってしまった。

「運命的な真実の愛」で結ばれるべきとして、女神アイアの祝福・・がされたと発表された。

 

「祝福……」

 

 当時の私はその言葉の裏にあることに、思わず顔を顰めた。しかし、王室の衛兵やら内務大臣というものは、まだ幼い私にもとりわけ厳しい人たちであり、ただのお客様・・・になった私には更に厳しい。

 まるでお役御免と言わんばかりに、王室から馬車へと乗せられて、そのまま一年ぶりの我が家へと強制送還されてしまったのだ。

 

 まあ、あの日ほど嬉しくもあり、この扱いは何だと憤慨した日はない。

 

 その日々は、未だに私を苦しめる。

 

 恋愛小説に出てくる「運命的な真実の愛」は好きだ。でも、現実にある「運命的な真実の愛」は寧ろ腐臭すら感じるようになってしまった。

 

「お父様」

「なんだい、ジア」

 

 私に対して伺うように言葉を出した父親に、私は王宮で覚えた笑顔の仮面を被る。

 

「次の婚約は、私が選びますわ。家に、これ以上、不幸を齎さないものを」

 

 それは、私の強い決意だった。

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