第7話 3人目の婚約者

 

「エイリア、こちらはオルテンシア辺境伯令嬢ですよ。妹がご無礼を……大変失礼しました」

 

 それは、ニゲラ子爵嫡男のチャーリーだ。妹が私に声を掛けていたのを見て、来てくださったのだろう。

 

「え!? まあ、ごめんなさい!」

 

「気にしておりませんわ。私、あまり友達は多くないので、とても美味しいものを教えていただけて感謝しております。チャーリー様、アリスメリア様、お気になさらず」

 

 兄の言葉に、慌てながら頭を下げるエイリア。正直、空気が悪くなるから辞めてほしいと思いつつ、どうにか問題ないように言葉を選びつつ頭を上げてもらう。

 

 古いマナーの一つに、下位貴族から上位貴族への声かけはしてはいけないというものがある。しかし、既にそのマナーも王宮内や、旧貴族ばかりが重んじており、あまり王宮に行かない辺境伯や、新貴族の中では随分形骸化したマナーの一つだ。

 

 というか、伝達事項に上も下もないと思っている。伝達事項に必要なのは速度と精度のみ。特に広大なオルテンシアにとっては、この2つの大切さがよくわかる。

 

「流石、広大な心を持つオルテンシア家令嬢ですね。その優しさに、すべての花が感動の涙を浮かべるでしょう」

 

 なので、いらぬ言葉ばかり付ける伝達事項は好きではない。チャーリーの言葉を聞きつつ、顔を引き攣らせる。

 広大な心というのは、私が2度も婚約を駄目にしていることを指しているのだろうか。

 花というのは周りにいるご令嬢のことであろうか。

 もしそうなら、感動の涙というのは「その状況でこんなお茶会に来れますわね」という感動という笑いの末の涙だろう。

 

 もし、チャーリー様が服芸の出来る方なら相当自分に喧嘩を売ってるのではないか、と思ってしまう。もしかしたら、服芸は出来ない耳障りのいい言葉だけを並べてる可能性もある。

 

「この避暑地を納めてますのよね。この貸屋敷、本当に素敵ですわ」

「気に入ってもらえて嬉しいわ。せっかくですし、畏まらないで、良ければ友達になってくださいな」

「いいのですか?」

「勿論よ、私、とある事情で友達が少なくて、気楽に話しかけて」

「まあ! 光栄よ!」

「ありがとう、私のことはジアと呼んでほしいわ、貴方のことは……」

「エイリアよ、ジア、嬉しいわ。毎年夏はオルテンシアに決まりね!」

 

 ただ、やはりエイリアはとてもよい子で、このこと以来ずっと仲良しである。

 

 ただ、問題だったのは、チャーリーのこと。

 父からニゲラ子爵嫡男との婚約が進んでいると聞いたときは、少しばかり顔を顰めてしまった。

 

「麗しきハイジア嬢、その凛と佇む姿は夏の暑さを物ともしない白百合のよう。どうかその美しい無垢な手を取る権利を頂いても」

「あら、チャーリー様。今日はエイリアとのお茶会なのよ」

 

 冷たくて傲慢って、意味なのかしら? 無垢な手も何もできないって、意味かしら?

 この人と話すたびに、あの服芸出来ないハリス公子バカよりも疲れる気がする。引き攣りそうになる口の端を抑え、エイリアを見るとエイリアも相当げんなりした顔で自身の兄を見ていた。

 また、チャーリー自体もあまり乗り気ではなく、寧ろ少し引き気味の私に笑顔は崩さずとも、その反応に不満そうなのな見て取れた。

 

 チャーリー様はその後「ハイジア嬢との輝かしい未来のために、この世界の真理を学んできますね。また合うときには貴方に似合う白百合の花束を」と言いながら、家庭教師の方に引き摺られていった。

 

「ごめんなさいね、うちの兄が。古典恋愛劇に感化されたみたいでね」

 

「私も恋愛劇の原作よく読むけれど……言葉選びのセンスは少し考えものよ。たしかに、古典恋愛なら正解でしょうけどね」

 

「ははは……でも、仲の良い女の子たちには大人気みたい。

 王子様みたいだって。今もこの街に来ている劇団たちの王子様のマネよ。お兄様、お小遣いの殆どをそれに費やしてるくらい好きなのよね」

 

 古典恋愛劇とは、主に昔からある正当な台本を語り継ぐ古典劇という演劇で恋愛を取り扱う話の総称。

 この何度も同じ劇を役者を変えて、衣装を変えて、公演をし続けている。

 オルテンシアの夏にはいくつかの劇団がこの土地を訪れて、毎日公演をしているのだが、その中でも最古参が古典恋愛劇を扱う劇団だ。

 

 正直、幼い頃から台詞を暗唱できるほど見せられた劇であるため、私にとってはそこまで楽しめるものでもなかった。

 確かに言われてみれば、古典恋愛劇の一つである『白百合姫』が、今丁度公演されていたはず。

 だから、私を『白百合』に例えたのかと、その安直さに心の底から呆れてしまう。

 

「そうなの……その考えは無かったわ。だから、『白百合姫』を私に当てはめてたと。あの話、個人的につまらないのよね。恋愛というよりも、ただの女の奪い合いでしかないわ」

 

 白百合姫はお姫様の中のお姫様とされ、高潔で静謐な人とされており、その姫を主人公の王子様が姫を幽閉した魔王と決闘し、取り返すという単純なお話。

 最後までお姫様は何も言うことなく、王子様と結婚して終わるみたいなものだ。

 

「あら、なら、ジアは王子様にはときめかないの?」

「王族の方との婚姻は荷が重すぎるわ。それに宮廷内は……正直、もう懲り懲りよ」

 

 私は思い出したくない事がほわほわと浮かび、正直頭が痛い。

 これ以上続けても実りのない話を終わらすため、「あの生地でお洋服作りたいの」とエイリアの興味を反らす。案の定、服が大好きなエイリアは楽しげに、「もちろんよ、どんな服が良いかしら」と、興味が変わり、彼女の部屋へと連れて行ってくれた。

 

 その後、チャーリーとの婚約は破談となった。

 

 まあ、締結しようとしたその日に彼は居なくなってしまったのだ。部屋中を探したがどこにもおらず、花束だけ残していった彼。

 

「あの、バカ息子……!」

 

 怒髪天を突くとはこういう事なのだろう。荒れ狂うニゲラ子爵、夫人は真っ青な顔で私達に謝罪をしつくす。父はまさかと思いつつ、天井を仰いでいた。

 

「まさかね、こうなるとは思いませんわね」

「ジア」

「父上、締結する前ですから、エイリアと私の友情もありますし、無かったことにしませんか? 別にお互い愛はない婚約でしたし、今後の関係を良好にすること・・・・・・・・・・・・・が、大事ですわよね」

 

 私が一切動揺せずそう言い切れば、大人たちは少し顔を見合わせたあと、納得したように収めた。

 

 花束は、ブバルディア。花言葉は確か……

 

「夢とか、情熱とかかしらね」

 

 浅はかな彼らしい選択をしたものだ。隣で怒るエイリアをなだめながら、一瞬だけ見たあの花束を思い出す。

 

「婚約消滅を知らせる最後の花束が、花嫁のブーケに使われる花なんてね」

 

 あまりの皮肉に私は感動すら覚えたのを未だに忘れない。

 

 勿論、エイリアとの友情は変わっていない。

 エイリアは突如女主人として家を継ぐことになったためてんてこ舞いだが、年上の落ち着いた婚約者と仲睦まじくやっているのを見ると、こちらとしては安心である。

 

 ちなみに、風で聴いた話チャーリーによく似た青年が、とある劇団で端役をしているらしい。

 

 ニゲラ子爵とは良好な関係であり、あの生地の服もうちのリゾート地で未だに人気商品として売れている。

 

 懐かしい思い出を思い出しつつ食べた夕食後、私は自分の部屋に戻り、頓挫していた恋愛小説を開く。

 あの男に邪魔された本だが、エイリアや寮母さんに勧められるものがいいと、願いながら本の世界へと旅立った。

 

 

 

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