第6話 親友との出会い
梅雨のガゼボからとろとろと帰ってきたのは、女学生寮の一つで暁寮と呼ばれている貴族寮だ。
「ジア!」
「あら、エイリア」
部屋に戻る前に、通りかかった寮の談話室。ちらりと覗き込むと、相変わらず友達たちに囲まれた同室の親友が居た。覗き込んだ私にすぐに気づいた彼女は、わたしの名前を呼ぶ。
親友は、アリスメリア・ニゲラ子爵令嬢。私を含む友達は皆彼女のことをエイリアと呼んでいる。
他の友達も、私に気づくと楽しそうに手招きをしてくる。エイリア繋がりではあるが、今では彼女たちとも友達だ。
「早かったわね! 今日は夕食を皆で食べれそうね!」
「ええ、ちょっとね、本の世界に旅立つ前に戻ってこれたわ」
エイリアは嬉しそうに微笑む姿を見て、興醒めしていた最悪の気分が一転して良かったのかもしれないと思う。私は昔から本を読み始めると、なかなか現実世界に戻るのが大変なのだ。
この前も梅雨のガゼボで本を読んでいたら、気づいたら夕食の時間を過ぎていたことがある。寮母さんの計らいで私の夕食分は部屋に運ばれていたのは、本当に有り難い。
「あら、ハイジア嬢、今日は新刊発売日だったのでは?」
夕食の配膳待ちの最中、声を掛けてきたのは寮母さんだった。
「ええ、でも部屋で読むことにしましたの」
「そうなの、また感想聞かせてね」
「もちろんですわ」
「楽しみだわ」
寮母さんは優しく微笑んで、また気になる次の子へと向かっていく。この寮の寮母さんはとても優しい人で、またとても好奇心が強い人だ。
各寮にはそれぞれ寮母さんがおり、女子寮と男子寮各3つずつ寮がある。
その中でこの暁寮は貴族の階級意識があまりない寮。主に下位貴族や私のような王都にあまり行かない辺境伯の子たちが多く在籍している。
寮母さんも、元々は下位貴族の人だと前聞いた。
そんな寮母さんは、私がよく恋愛小説を読んでいるのを見て、気になっていたらしく、入学当初からよく話しかけてくれた。
まあ、入学当初はあまり馴染めておらず、悪い意味で目立っていた事実もある。
少し前の自分を思い出したせいで、少しばかり暗い気持ちになりそうだったので、机に置かれた料理に目を向ける。
今日の夕食は、パルフェ地方の料理らしく、牛スジの赤ワイン煮込みグラタン、それがよく染み込むパン、じゃがいもフリッターとたくさんのソース。
「私の大好物よ! じゃがいもフリッターは是非サワークリームオニオンを乗せて食べてほしいわ!」
パルフェ辺境伯令嬢であるガルデニアさんが嬉しそうに紹介しており、彼女の年子の妹は「ハニーマスタードも美味しいよ」と姉に向かって抗議をしている。
その姿はとても微笑ましく、皆好きなソースで楽しんでいる。
「ねえ、ジア、私はマヨネーズが美味しいと思うわ」
エイリアは小声で隣の私に話すので、私はくすりと笑った後返事をした。
「意外とジェノベーゼソースとマヨネーズ、美味しいわよ」
エイリアははっとした顔で、私を見たあとすぐにじゃがいもフリッターにジェノベーゼソースとマヨネーズを乗せて食べていた。
思えば、エイリアとの出会いも食事の場だった。
あれは、私が十四歳の時であった。
ニゲラ子爵からお茶会の招待状を貰ったのは、二人目の婚約が駄目になった直後くらいだったと思う。
父もまさかこんな連続して私の婚約が駄目になるとは、思わなかったのだろう。今まで繋がりもなかった家との茶会に行くよう言われたのは、部屋で塞ぎ込んでいる
父親に進められるがまま、母とともにオルテンシアにあるリゾート地に向かった。
リゾート地の貸屋敷でもお茶会は行われる。貸屋敷単位で庭の趣を変えているのもあるが、土地土地のお土産を普段は交流のない貴族にもアピールできるからだ。
ニゲラ子爵も同じく、ニゲラ領で新しい布地が作られたのもあり、そのドレスを着てくるのは予想がついていた。
そして、予想は外れることなく、ニゲラ子爵夫人と子爵令息、その妹であるエイリアは新しい生地の服を纏っていた。
「やはり夏は暑いものでしょ。パニエやクリノリンを使わずともエレガントなシルエットを保てますの。しかも、シワもつきにくい。本当に夏場のピクニックにも最適ですわよ」
そう話すニゲラ子爵夫人の言葉に、大人たちは皆一様に興味津々になったのは言うまでもない。
パニエは暑いし重い、でも、クリノリンは椅子に座ることもままならない。
さて、その横で子供たちはというと、ニゲラ地方で大人気な様々な一口蒸しケーキというものに皆心を奪われていた。
そして、私はその蒸しケーキを眺めて、文章で表すならどう表すのが素敵なのかしらとぼんやりと考えていた。
そんなときに声を掛けてくれたのが、エイリアだった。
「私のおすすめは、紅茶の蒸しケーキよ。ダージリンとアッサムがあるからお好みで食べてみて」
そうやって楽しそうに笑うエイリア。
「素敵ね、なら、あちらのスコーン用苺ジャムも乗せても?」
「まあ! それは思いつかなかったわ」
あの時もエイリアは楽しそうに、すぐに紅茶の蒸しケーキに苺ジャムを乗せていた。そして、私も同じくそうして食べてみると、想像以上に美味しかった記憶が今もある。
そして、その時私は三番目の婚約者に出会った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます