第5話 運命の悪戯が現実に
婚約式用の華美なドレスを着た私と、婚約式用の華美な正装をする男。
控室にやってきたのは、婚約者を連れたお姉様だった。私を引き立てるためと、公爵子息の美しいロイヤルブルーの瞳色の落ち着いたドレスを着たお姉様。
嫋やかさが一段と際立ち、私の元へと婚約の先輩としてアドバイスをしにきたらしい。
「ハリス公子、この度は婚約おめでとうございます。私の妹をよろしくお願い致します」
そうやって優しく微笑む姿は、まるで聖母像のように見えると毎日会っている私ですら思った。
では、聖母像に憧れる男が見たらどうなるのだろう。
私は男をチラ見する。
(なるほど、ほんと最悪ね)
私はその時、初めて人が初めて恋する瞬間を見たのだ。
そんな婚約式から二年、十二歳になった私達の関係は相変わらず最悪と言って過言ではない。
月一の茶会は地獄だ。男はよく席を立ち、時間ギリギリまで戻ってこない。私はそれのせいで待ち惚けを食らう。勉強道具を持って挑めば、ここぞとばかりに「婚約者を蔑ろにして勉強か」と詰ったあと、それを理由に離席する。
本当に頭の悪い男だ。
勿論、お姉様には告げ口しているが、優しい姉にはイマイチ「婚約者を蔑ろにしている」ことが伝わらないらしい。まあ、公爵子息はお姉様を大切にしているからこそなのだろうし、私達は幼いからと思っているのかもしれない。
それに、お姉様の前だと、あの男は「本当にリリアンナ様はまるで聖母様のようにお美しいです」なんぞ甘い言葉を吐いたり、プレゼントもかなりこまめにしているようだ。犬が見つけた
余りにもその差に、私は「人は恋愛に狂うと二面性を持つのか」と気になり、一時期様々な恋愛指南書や恋愛小説、恋愛ポエム等を読書研究してしまうくらいだ。
その時に恋愛小説の面白みに気づいてしまい、こうして恋愛小説を嗜むようになったキッカケである。
そんな、まさに幸せにならない婚約を変える事件が起きる。
その冬の頃、公爵子息が領地間の紛争に巻き込まれ、行方不明になったのだ。
その知らせを受けた姉は、家から近い教会でただひたすら祈りを捧げていたと思う。
「主よ、どうか、どうかお願いです、彼に、また彼に会わせてください。まだ、まだ、伝えてないことがあるんです。何でもしますから、お願いです、彼に会わせて」
そう泣きながら何日も主の像の前で泣く姉に、私は何度もご飯を運んだからその様子はよく覚えている。
また、公爵家に行きたかったが、生憎雪が吹き荒れ、高く積もるオルテンシアから王都近くの公爵家に行くのは、ただ死人を増やすだけのこと。
そして、冬が明け、春が始まる頃。
公爵子息は未だ行方知れずとなり、両家で話し合った結果、まだ若いからとお姉様の婚約は解消された。
勿論お看取りの話もしたが、「まだ死んだかもわからないし未成年の魂は青年の魂と違い、何度でも機会を与えられるから」と公爵に言われ、その優しさに感謝することになった。
お姉様はあまりのことで、長い間床に伏せてしまい、本来ならば聖ジョシュア貴族学園に入学する予定だったのが、一年後へと延びてしまった。
そんな悲劇の中、もう一つ狂ったのが私の婚約だった。
ハリス侯爵が次男を婚約する相手として出したのは、彼に受け継ぐ爵位がないため、行く行くは婚約相手の私がオルテンシアを継ぎ、貴族位を保つためだ。
でも、ここで「婚約解消」という小さい小さいけれど瑕疵とも言える事情があり、婚約者を見つけるには少し角が立つ年齢のお姉様がいる。
当時の私ならば、まだ十二歳で社交界デビューはしてない。しかも、あれとの婚約は内々のもの。
何よりもあの男が月一の茶会を抜け出して、伏せる姉に一生懸命花を贈る姿を私も、屋敷の者たちも見ていた。更に、父やハリス侯爵に私ではなくお姉様と結婚したいと直訴しているらしい。
あの男は、本当に腹芸が出来ない。
なので、私はあのバカとは違い、理性を保って行動した。
簡単だ、私が思いつく限りの婚約者を変更したほうがいい理由と利点について話し、余程
そして、「こんなにも強い恋心を見せられたのですから、私も協力してあげたいです」と父に話せば、ハリス侯爵にもそのような変更をお願いしている。
お姉様もその話を聞いて、「そうね、先のことは考えないとね」と悲しそうな顔ではあったが、私との会話で了承している。
男は、「俺の愛が勝ったんだ!」と私に宣言をしてきたので、「それは良かったですわね」と満面の笑みで答えてあげた。
私もまた、この退屈な婚約から離脱した。
まさに、円満な婚約解消だ。
もし、恋愛小説ならば、この男が主人公で愛を貫いた話になるのだろうか。
私ならば、そんな短編小説以下の内容になりそうな話に興味はないなと思う。
ただ、腹立つのは、私と男は同い年。
二年前に貴族学園に同じ年に入学し、こうやって何かあっては突っ掛かってくるのだから。勘弁してほしい。
「興が醒めるとは、こういうことね」
正直、楽しみにしていた恋愛小説を読むのも、少しばかり嫌になるくらいに鬱陶しい奴だ。
一途だけが取り柄の男なのだから、お姉様にだけ視線を向けていれば良い。
けれど、実際に彼が言うこともわかる。
私は彼を含め三人と、婚約を失敗しているのだから。
「あら、もうそろそろ、帰る時間」
私は少しばかり茜染めされ始めた空を見て、立ち上がる。部屋に帰ったら、友人に話を聞いてもらおう。
そう心に決めた。
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