第4話 最初は幼なじみというより腐れ縁

 

「なあ、ハイジア・オルテンシア嬢、お前がなんて言われてるか知ってるか?」

 

 酷く私を小馬鹿にしたような声は、見ずとも誰だかわかる。頭の中で、茶髪の猫目の男を描いてしまい、かなり嫌な気分になる。私は椅子に座ったまま、小説の文から目を離さない。

 ここは貴族学園の庭の片隅にある梅雨のガゼボと呼ばれる屋根付きの休息所。梅雨には沢山の紫陽花が咲き誇る場所だが、敢えて春の陽気が感じられ緑生い茂る今日、授業終わりに此方に来ていた。

 それは、発売を楽しみにしていた新作恋愛小説を一人で読むためであった。

 

「さあ?  気にしたこともありませんわ」

 

 私はさっさと返事をする。正直興味はない。けれど、この男はそんな反応も関係なく言葉を続けた。

 

「変わり者で冷徹、色んな人に気がある素振りが出来て、結局は好意を無下にする紫陽花の花言葉がよく似合う薄紫ドレスの令嬢。さすが婚約した数だけでも、歴史書に載るくらいだろう」

「あら、その名前は私を呼んでいたのですね。友人に聞く手間が・・・・・・・・省けましたわ。ありがとう」

 

 そうやってにっこりと笑って上げれば、男は言葉の真意もわからず、「そうだろ、お前と違って俺は社交的だからな」と眼の前の空いていた椅子に深く腰を掛けた。社交的、寧ろ悪知恵の働く人たちの胡麻擂りにまんまと引っかかっているだけなのに。

言葉の真意として、友人との話のネタにならないどうでもいい事という意味なのに、気づかないとは相変わらずの男だ。

 

 勿論彼と会話を続ける気もなく、そのまま小説を読む。新たなジャンルだと本屋の店長から言われてたが、確かに新たな視点で恋愛が描かれていて、とても面白い内容だ。なんと、別作品にて、主役の男に失恋した女性視点のお話らしい。

 

「おい」

「何か?」


まだ居たのか。鬱陶しいにも程があると思う。私が相手にする気はないと態度で示すと、ガンッとテーブルを叩いた。

 

「なんで、移り気とか言われてるのかわかってるのか!」

 

 まるで我慢が出来ない子供のように声を荒げた男。耳を突き抜けた音のせいで、私の鼓膜が痛くなる。

 仕方なく視線を男に向ければ、男は大層憎たらしい顔で私を見ていた。

 

「幼馴染であり、元婚約者・・・・として、言わせてもらうが! もっと節度を持って行動しろ、お前の悪名は最終的には俺にも降りかかるんだ」


互いに触れてはいけない禁忌。私がぎろりと男を見ると、男はビクリと体を震わせた。

 

「そうでしたわね、。随分昔のことで忘れてましたわ・・・・・・・・・・・・・・

 フレデリック・リー・ハリス様」

 

 男は顔を嫌そうに歪めた。私はさらに追撃する。

 

「それよりも、このような季節の寂しさを感じる場所で男女二人、元婚約者同士なんて、なんというプティサロンの恋愛小説の一節のよう。ああ、もし、私のお姉さまと会うならば、今は梅雨のガゼボよりも、春風のテラスがおすすめですわ・・・・・・・・・・・・・・

 

「……ッ!  ああ、そうだな、美しい花が似合うリリィにはこのような緑生い茂る場所では勿体無いな。邪魔をした」

 

 男はそう言うとフンフンと怒りのせいか、鼻息荒く去っていく。やっとか、と私は思いながら、呆れたように息を吐くと肩を落とした。

 

 それにしても、プティサロンというのは貴族ならば警戒すべき三流ゴシップ誌の一つであり、その中の恋愛小説と言えば、まさに下世話で内容のないつまらないもの。こんなつまらない状況を生み出すなと伝えたのだが、あの男には伝わってないだろう。

 

 この男ことフレデリック・リー・ハリス公子は、ハリス侯爵の次男であり、私の3つ上の姉であるリリアンナの婚約者である。そして、私の元婚約者でもあるのだ。

 

(あれは、何年前かしら……婚約移行したのが5年前、だから彼との出会いは7年前ね。あの時があったから、恋愛小説を読むようになったのよね……懐かしいわ)

 

 

 

 彼と婚約したのは10歳の頃だった。

 

 私の父が納めるオルテンシア地方は長閑のどかで避暑地としては最適なところだった。

 そして、オルテンシア地方には、ハリス侯爵の弟のハーディ伯爵が手掛けるリゾート都市があるのだ。

 

 正直濃い血縁もない土地に他人が手掛ける場所があるのは、なかなかに珍しい時代だった。

 そもそも、ハーディ伯爵は、土地なしの名だけの貴族だった。しかし、偶然伯爵と仲良くなった私の父が、利率を決めて、この広大なオルテンシアの土地を一部貸し、商売することを許したのだ。

  

(よく、父と伯爵が飲み明かしてたわね。酒飲み友達ってだけなのに、本当に父上は気前が良すぎるわ)

  

 この商売は予想に反して大きく当たり、中位貴族くらいまではこのオルテンシア地方の避暑地に来ては、そのリゾート都市で遊ぶのを楽しんでいる。

 

 避暑地のために、貸し屋敷をいくつか用意することであまりお金がない下位貴族も簡単に泊まることができるというのが、一番良い施策だった。

 

 何せ、今までは各地に散っていた夏の過ごし方をオルテンシアに集中させることも出来たのだから。

 

 しかも、貸し屋敷は冬になると領民たちが「ハウスキーピング」という役目で屋敷の保全をする仕事を与えられる。

 この発想、実は私が小さい頃に提案した案だ。領民たちの冬籠りついでにハウスキーピングすれば、厳しい冬でも場所を有効活用しできる。

貴族たちも、ハウスキーピングと聞けば、「平民と一緒の家に住むなんて!」とはならないだろうと

 

 この大成功な商売の繋がりを強固にすべく、遂に家のための婚約が締結されることになった。しかし、互いに娘しか子供がいない。 

 なので、代わりにとハーディ伯爵の甥であるハリス公子に白羽の矢が立った。

 婚約者候補として、同い年の私が選ばれた。


 私にも婚約者が。と浮かれたところもあった。

 

 しかし、正直言おう。はじめての顔を合わせた当初の印象は、私の中ではこれしかない。

「失礼な駄犬」だ。


 なにせ、私の目の前で 

「俺は好きな人と結婚するんだ! 聖母様のような優しい人と! お前のような陰気なやつなんてふざけるな!」と言ってのけた男だ。

 

たしあに、私の容姿は、聖母降臨と言われるほどに優しさと美しさが神々しい姉や、妖精姫と言われるほどに可愛い妹とは違い、「雨が似合う真ん中」と称されていた。 

 陰湿感があるという意味であろうか。とにかく、顔が平々凡々なのは理解している。

 

 なので、幼心ながら相手からの一目惚れされることはないだろうと思っていた。

しかし、あまりにもこれはない。私は、純粋に夢見る乙女として、恋愛小説のように、どんな人が来るか楽しみにしていたのに。あんまりな展開だった。

 

 結局私に無駄に噛み付いた彼は保護者であるハリス侯爵に、そのまま引きづられる形で退場した。

 本当にその姿はまるで、よそ様に噛みつこうとした犬が引き離されているようにしか見えなかった。

 

「うちのカワイイ娘に、なんという! 許さん!」

「別に構いません。私も初恋はまだなので、反発したい気持ちはわかります」

 

 隣で憤慨する父を宥めて、私はさっさと自室に戻っていく。その道すがら、お姉様が婚約者で公爵子息と歩いてきたのだ。

 

「あら、ジア、ハリス侯爵様との顔見せではないの?」

 

 心配そうに尋ねてきたお姉様。後ろでは、寡黙な公爵子息が心配そうに私を見ていた。

 

「お姉様、どうやらハリス公子の体調があまり良くなかったため、すぐに終わりましたの。ハリス侯爵も突然のことだったようで、少し混乱していましたので……」

 

 私はさらりとそう言えば、おおらかなお姉様は「それはそれは、無事に治るといいわね」と本気で心配した表情で話している。

 その後ろで、公爵子息は少し顔を顰めていた。この方は腹芸が得意だから私の言葉の真意にも気付くだろう。

 

「そう、お姉様たちはこれから庭園にでも行かれるのでしょ? 昼顔が美しいので是非見て頂けたらと思います」

 

 私は早く二人から離れたくて、そう言うと二人は本来の目的を思い出したのか、庭園の方に歩き出す。

 公爵子息は、本来ならば父親と対話したいだろうから、執務室に繋がる廊下にある客室に行く予定だっただろうが、今はハリス侯爵とのことで気が立っているので合わないほうが良いと私が判断した。

 

 そんな二人の後ろ姿を見て、その時の私は思った。

 

 あれとでは、少なくともこの二人程の関係にも成れないだろうと。

 

 もう一度用意された顔合わせでは、無言を突き通す男と、わざわざ会話する必要もないと思った私が無言で茶と菓子を楽しむ会となった。

 

 そして、帰り際、「本当につまらなくて冷たい女だ」と言い捨てた男には、鼻で笑って返事をしておいた。

 誰もが一目見ても二人の関係性が最悪というのがわかるにも関わらず、この婚約は予想に反して進んでいく。

 

 まあ、あくまでも政略結婚ではあるから、本人たちの相性なんぞ後からついてくるものだと思ったのかは知れないが。

 

 だが、決定的にそんなものは後から着いてこないというのが決定的になったのが、婚約式当日のことだった。

 

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