第3話 結婚とは幸せ 恋愛とは幸運

 

「ええ、この年で結婚できるなんて幸せの限りです。勿論貴方も式に来てくれるわよね。親友ですもの」

 

「……ごめんなさい。それは、わからないの。私もしかしたら、自国に戻り、ギュンター殿下に嫁ぐことになりそうで」

 

 赤い令嬢は薄青の令嬢の様子に気づくことなく、浮かれた様子で一番言いたかった事を伝えた。しかし、薄青の令嬢はそれに対し、随分と沈んだ様子でお断りをする。

 ギュンター殿下は、隣国の前王弟殿下で、たしか数年前に奥方様を亡くしたと私は記憶していた。

 

「まあ……もしかして、お看取り・・・・に? でも、貴方、カタラナ侯爵に嫁ぐのでは?」

 

 赤い令嬢もそのことを知っていたようだが、言葉を失ったかのように先程の浮かれた雰囲気は消え、神妙に言葉を選んでいる。

 

 お看取りという言葉に、思わず体が硬直する。

 

「ライゲン様とは……殿下からのお願いを聞き、実は昨日解消しました。だから、行きたくても……難しいわ……」

 

「そうね、高位貴族のお看取りなら、仕方ない……わよね……いつ頃嫁がれるの?」

 

「早くて、半年後よ」

「そう……私、知らなくて、なのに、こんな、ごめんなさい」

「私も、いつ伝えるか悩んでたから、ごめんなさい。まだ公にはしてないの」

 

 始まりとは真逆の暗い雰囲気に落ち込む二人。店員が華やかなティーセットを提供しても、その雰囲気は変わらない。

 私もまた、この頭の浮かれた恋愛小説を読む気力もなくなった。

 

 しかし、お看取りが決まってしまえば、宗教上どうにもならないことだ。

 

(慈愛に満ち溢れる女神アイア様は、この少女のことをどう思っているのかしら?)

 

 

 慈愛の女神 アイア様。

 

 周辺諸国では、この女神様を信仰している。

 大層美しい女神とされており、神殿には美しい女神像がすべての人を迎えてくれる。

 

 女神は国の繁栄を願い、女神の子は女神の愛に生きよ。

 

 経典の一文目に記載されたその言葉は、女神自信から伝えられた言葉であり、誰もが唱えられる一文。

 私も、子供の頃から何度も何度も言わされ、脳裏に焼き付いている言葉。

 

(妹はこの文をよく間違えては、先生に怒られてたわね……私は暗記問題は得意だからすぐに覚えれたけど)

 

 この言葉を偉い人達が解釈すると、女神側である女性は女神に反することはせず、結婚することが誉れであるとされ、さらに子を成し、次の縁に繋げるのは神からの試練であり、祝福であるとされている。

 

 そして、女神の子である男性は生涯を通し、女神に反することせず、最後は女神に看取られることを誉れであり、試練であり、祝福としているという意味だそうだ。

 

 この女神に看取られるというのが厄介。

 経典では女神は女性の伴侶に宿るとされているのだ。

 

 成人女性は結婚できれば誉とされるが、成人男性の場合は死ぬときに伴侶がいないことが問題になる。

 

(彼女も、ここで散々言われる殿下も可哀想ね……)

 

 私は複雑な気持ちで、冷めた上に香りも飛んだ紅茶を一口飲む。冷たい紅茶は渋みが強くなっており、ミルクを頼むか悩む代物。

 

(無駄に高位なのも考えものよね)

 

 お看取り問題は、平民であったり、下位貴族ならそこまで問題にならない。

 なにせ、平民は奴隷を伴侶にすればいいし、下位貴族は平民を囲えばいい。

 奴隷は平民の身分になれるし、平民は下位貴族になれるし、その分お金が貰えもする。

 

 しかし、これが高位貴族になればなるほど、難しくなってしまう。貴族の矜持要らぬ見栄のせいで。

 

 何故なら、高位貴族の婚姻にはいろんな柵が発生する。奴隷や平民と結婚すれば、「そんなのとしか結婚できない甲斐性のない家」と社交界で揶揄されるのが目に見えてしまう。しかも、最高位の貴族なら下位貴族との縁続きも、注目の的になる可能性がある。

 

 なので、貴族の娘から選ぶ必要が出てしまう。

 それも、自分よりも長く生きれるなるべく若い娘を。

 

 こうして、死にいく貴族と婚姻することを「お看取り」と貴族女性たちは呼んでいる。

 

「本当は、ライゲン様と結婚したかったわ。貴方の結婚式に参加をして、この国で暮らしたかった」

 

 薄青の令嬢がそう言葉をぽつりと放つ。

 隣国もいい国だが、この国もまたいい国ではある。彼女は私とは違い・・・・・、婚約者のことを愛していたのが伝わる。

 

 貴族同士の婚姻前の恋愛が成就するなんて、この国では難しいこと。痛いほどよくわかる。

 

 ただ、それと同時にそこまでの愛を知っている彼女が羨ましい。

 

 私は無駄に気持ちを荒らされた淑女の嗜みを終え、店員を呼び、お茶を注いでもらう。

 

 彼女たちも、他に客がいるのを気づいたのか、ハッとこちらを見ていた。

 

「紫陽花令嬢……」

 

 赤い令嬢がぽろりとそう話す。たまに私のことをそう呼ぶ人がいるのを知っているが、どうやら彼女もそうらしい。ただ、二人はそれ以後は当たり障りのないことへと話題を変えた。

 

 私はこの紅茶を飲み終えたら、違う本を買って寮に帰ろう。

 そう思って、先程とは違い、温かくまろやかな紅茶を楽しんだ。

 

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