第2話 恋愛小説に魅せられて
「お前のような悪逆非道で嫉妬深い女は妃に相応しくない! 私の隣に相応しいのは、このセレナなだけだ!
「そんな、私は……!」
「言い訳は聞きたくない!」
王太子主催のパーティー。エスコートもなしに無理矢理連れてこられたオリビアはこの状況に唖然とする。眼の前にいる自分の婚約者であるはずの王太子は男爵令嬢を胸に抱き、オリビアを一方的に断罪した。オリビアの反論さえも、聞かずに切り捨てる。
仕組まれていたのだろう。今は良識ある両陛下と外交官の両親は他国へと外交でいない。反論できる人はいない。
家のためだけの二人の婚約。王太子が悪い噂塗れの男爵令嬢と火遊びをしているから、咎めていただけなのに。まさかそれを嫉妬だなんて。だって私が好きなのは。
その時だった。
ドオオオオオン!!!!
バキバキッ! ガガガッ!!!
広間の天井からパラパラと石の破片が落ちてくる。彼女は思わず天井を見上げた。粉塵が舞う中、人影がこちらへと飛び降りてきた。
「オリビア、私の愛よ」
「……ッ! アンドリュー! 会いたかった!」
アンドリューであった。あまりの嬉しさに彼女は彼に抱きついた。二人が抱擁をしたのは子供の頃以来である。そして、この人がオリビアの長年の想い人であった。
「アンドリュー! でもこれは一体!」
「ええ、実は私、魔王なんです。これは魔法でやってみました」
「魔王!? それって千年前に封印されたという、魔王アンドロメダのこと!!」
「それの、生まれ変わりみたいなものです」
この魔王アンドロメダというのは……ーー
パタンッ
本が力強く閉じられた音が、サロンに響き渡る。
両手合わせで思わず閉じた本を、私はなんとも言えない表情で睨みつける。
流行りの悪役令嬢モノという内容であったが、あまりに急展開が続き、少しばかり息を吐きたくなったのだ。
「凄い力技の本だわ……」
書店に併設された女性用サロンの、日が当たらない片隅の席。窓から覗けば、外はまだ昼の明るさを保っている。
すでに冷めた紅茶を飲みながら本を読んでいるのは、私こと貴族学院の二年生であるハイジア・オルテンシア。
オルテンシア辺境伯の次女で、血筋がよく出た平均的な美と言われる顔立ち。そして、血筋のブルネットを姉妹の中で唯一受け継がず、母譲りのアッシュブロンドの髪をきっちりと後ろに結っている。
さて、今私は、学園から近い本屋に併設されたサロンにて、先程買った本を一人で読んでいたところだ。
「展開が早い荒い、しかも、いきなり魔王とか、魔法とか、脈絡がゼロだったわね。というか、ヒロインがいるとわかってて、こんな配慮ないことをするのはどうなの? 魔法だからといって、淑女を怯えさすなんて野蛮な……」
サロンに自分以外いないからと、ぶつぶつと呟いている姿はたいそう異様だろう。しかし、今回の作品は文句が言いたくなるほど、導入が個人的には好みではない。
私は口直しにと、すでに冷めている紅茶を一口飲む。そうして、更に喉から出そうな感想を堰き止め、乾燥を潤そうとする。
「それにしても、なんでこんな意気地なしを好きなのかしら。正体が魔王なら、さっさと奪ってしまえばいいのに。この男の思考回路が本当にわからないわ……」
しかし、どうにも引っ掛かることがあるのか、思わず言葉がぽろりぽろりと口から出てしまう。
私は昔から本が好きであった。難しい本から、児童書まで手当たり次第読んだ時期もある。
基本は
なんで、こんな相手に恋をするのか私にはわからない。
この、アンドリューという男も何がいいかわからない。もっと早くに行動すればよかったのに、と思ってしまうのだ。
でも、そのわからないがいい。どうしてこの主人公は彼に惹かれるのか。恋愛というものの
嫁ぐ姉に変わり、領地を運営していく関係で「賢くあれ」と育てられた私が、全くわからないものが恋愛であった。
この本は少し
私は、すぐに涼やかな顔を作り、紅茶を嗜むふりをしつつ、サロンの入り口に目をやった。
「こちらの席へどうぞ」
「ここのケーキがおすすめなの」
「そうなのね」
案内するサロンの店員と、どこかのご令嬢二人がサロンへと入ってきた。一人は白い肌と美しいプラチナブロンドを携えた薄青のお出かけ用ドレスで、もう一人は健康的な小麦肌に、黒色の髪、赤色の幾重の布を巻いたようなデザインのドレスを着ている。
ちらりと視線を二人の顔に向けるが、どうやら新一年生のようだ。そして、他国か辺境の令嬢なのだろう。同級生と先輩の令嬢は全員顔も名前も把握済みなため、新一年生なのはわかる。
そして、
私はもう一口紅茶を飲みながら、淑女の嗜みとして涼やかな顔で、聞き耳を立てた。
「聞いてくださる。私、この度婚約者と結婚することになりましたの。式は来年よ」
赤いドレスの令嬢が、声を弾ませて話しを切り出した。
この国を含む周辺諸国では、結婚することが女性の誉と言われている。
そのため、早い結婚ほど喜ばれるもの。新一年生で結婚となると、彼女は法律的に結婚できる年齢になって、すぐ結婚したということだ。
お国柄か在学中に結婚することはよくあること。さして驚くこともなく、私は心の中で「おめでとうございます」と淡々と祝福をする。彼女に伝わることはないだろうけども。
「まあ、それはそれは、おめでとうございます。先に幸せになられるなんて……とても羨ましいですわ」
さて、報告された友人側の令嬢は、友人の報告に対して、幾分か暗いトーンで言葉を返す。所々引っ掛かりを感じる言葉に、私は「おやっ?」ともっと神経を研ぎ澄ませて淑女の嗜みに集中させた。
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