待ち合わせ場所、本屋では駄目ですか

草乃

待ち合わせ場所、本屋ではだめですか

 本屋で待ち合わせ、とはたぶん普段本を読まない人ならあまり考えないのだと思う。

 でも、待ち合わせまでに時間が少しでもあれば私の足は本屋さんへと向かってしまう。そうしていつも、小説のコーナーで立ち読みしたり表紙のデザインを楽しんだりする。読むのも好きだけれど、見るのも好きだ。


「宇佐見」


 羽柴先輩が立ち読みしていた私の隣にさっと来てほどほどの声量で呼んだ。

 私はビクッと驚いてから隣を見た。

 いつもの大学での姿とほぼ変わらない、こざっぱりとしたシャツと綿パンといった服装の羽柴先輩がそこにいた。怒っているわけではなさそう。

 皆さん、ご存知ですか。この人が一部界隈で“王子様(笑)”と呼ばれている方ですよ。

 私は慌てて時計を見る。待ち合わせ時間の遅刻は後輩としてはやってはいけない失態である。

 けれど、時計の針はまだ余裕を持って走っているだけで遅刻などではない。


「ちょっと焦りました」

「余裕持って出たから。本屋が近いとすぐに足が向くな。まあ、探す身からすればわかり易くて助かるか」


 言いながら羽柴先輩が慣れた様子でフッと笑う。

 わざわざ口にもするけれど、分かっていて待ち合わせに本屋さんが近くにある場所をいつも選んでいるのは羽柴先輩だ。


「ところで今日はどんな用事でしたか?」


 私が休みのときにわざわざ読んだのだから、余程の予定でないと許しはしないぞ。なんて、実際に口にもしないし本気で思ってはいにいけれど、録り溜めたドラマを見る時間が無くなったことについては少し惜しいとは思っている。だから、羽柴先輩にはそれを覆してもらわなければならない。


「いや、特にないけど」

「へ?」

「暇だったから呼んだ」


 さて何するかな、とスマホを覗く羽柴先輩に、私は理由もなく人を呼び出すとは、なんて恨みがましくポカポカ殴りたくなったけれど、まあ、これが先輩だから仕方がないが、と探し終わるのを待つ事にした。

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