第73話

 りっくんに肩を抱かれて駅を出て、りっくん家のコンビニの近くまで来たら、3人の女の子のグループがいた。


 あ、あの人…。

 この前りっくんに声かけたロングヘアの先輩、だ。

 私服だと、ちょっと分かりづらい。


 向こうも僕たちに気付いて、ムッとした顔をした。

 僕のこと睨んでる。でももう慣れた。

 りっくんが僕の肩をとんとんと指でたたいて、それからぐっと抱き寄せた。


 また、黒いのがモワッと広がる。


 すれ違う時、ロングヘアの先輩がりっくんの方に一歩踏み出した。

 でもりっくんはスピードを落としもしなかった。

 ただ、温度のない目でちらっと彼女を見た。


 僕もつい、彼女を見た。すごい口惜しそうに僕を睨んでる。

 僕はぐっと唇を噛んで、ほんの少し会釈した。してから、余計感じ悪いのかなって思った。


「空、ほんとに学校で何もされてない?何も言ってこねぇけど」

 りっくんが心配気な顔で僕を覗き込む。

 これ、たぶんあの先輩は見てる。


「だいじょぶ。見られるくらい、遠巻きに」

 気を付けないと口元が緩む。

「…ふーん…、ま、大丈夫そうか。案外強いな、お前」

 そう言って微笑みかけられて、少し心が痛んだ。


 強い…、ていうか、…黒いんだ。

 りっくんには気付かれたくない。


 でもこういうの、隠して付き合っててもいいのかな。

 ずっと隠し通せれば、大丈夫だと思う。嘘も突き通せば本当になる、とか言うし。

 …でも、半端なところでバレたら?


 今も、地球上の誰よりもりっくんが好きだけど、もっともっと好きになって、離れたら死んじゃうってぐらいの時に、「そんな腹黒いとは思ってなかった」って言われて、りっくんに振られたら?

 

 どうしよう。そんなことになったら生きていけない。


「空?どした?家着いたぞ?」

 声をかけられてビクッとした。

「…あ…えっと…、うん」

 鍵、鍵を出さなきゃ…


 ぎこちない動きで、バッグの中を探る。

「ほんと、どした?空。なんか変だぞ?お前」

 りっくんが僕を覗き込んだ。


 強くて綺麗な瞳。

 たぶん僕には、隠し通すことはできない。

 バッグの中、鍵は見つかった。

「…りっくん、あの…、ちょっと話…いい?」

 震える手で鍵を鍵穴に挿そうとするけど上手くいかない。

「ん?いいけど?…マジでどうした?」

 やっと鍵を開けて、ドアを開ける。誰もいない家は、シンと静まりかえっていた。


「…やっぱ何かされてんの?あいつらに」

 僕の両肩に手を添えて、りっくんが心配そうに訊いてくれる。

「…ううん。されてない…。むしろ僕がしてる…」

「え?」

 りっくんの顔は見られない。嫌な動悸が胸を叩く。


「…学校でね、さっきの先輩とか、女子の先輩たちが僕を見るんだ。僕を見て、それからりっくんのベストを見る。僕は…、それが分かってるのに、りっくんのベストを着て行ってる。…いいでしょ、って思ってる」

 声が震えてしまう。段々視界がぼやけてくる。

 泣いちゃだめだ。泣かずにちゃんと言わないと。


「街でも電車でもそう。女の人がりっくんを見てたら「いいでしょ」、って思ってる。黒い優越感、みたいなの湧いてくるの止められない。お昼のカレー屋さんだってそう。お姉さんがりっくんを見てるって分かってて、僕はりっくんにスプーンを向けたんだ。そんな、りっくんを好きな人からしたら嫌がらせみたいなこと、やっちゃうんだ。すごい感じ悪いって分かってるのに…」

 涙が溢れてきてしまったから、両手で顔を覆って隠した。


「た、たぶんこれから先、りっくんが学校に迎えに来てくれたりしたら、僕はりっくんを「りっくん」って呼ぶよ。他の人は呼べないって分かってるから「いいでしょ」って勝ち誇ったみたいに呼んじゃう。誰かに気を遣って「三島先輩」なんて呼ばない」

 頬を涙が流れるのを感じながら、そこまで一気に喋った。

 りっくんの、ふ…、って笑ったような息遣いが聞こえた。


「それでいいんじゃね?」

 え…?


 ちゅっ、て手の甲にキスされてびくっとした。

 ちゅっちゅっちゅってキスが続いて、恐る恐る指の間からりっくんを見た。

 …りっくん、笑ってる…?


 なんで…?


「俺はそれで全然いいと思うけど。つか何の問題もない、ごくフツーの感情…、っていうか…」

 長身を屈めて、りっくんが僕に目線を合わせて覗き込む。


「ものすっごく可愛い告白、だな。ありがと、空」

「…え…?」

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