第71話

「え、お父さんがお母さんの両親に挨拶って、いわゆる『お付き合いさせてもらってます』ってやつだよな?俺、そんなだった?ぜんっぜん覚えてねんだけど、緊張してて」


 お昼に入ったカレー屋さんの二人掛けのテーブルは、トレイが二つギリギリ置けるサイズで、だからむしろ近寄って話しやすい。

「えっと…、りっくん格好よかった…」

 ってことしか僕も覚えてない。

「あ、うん、ありがとう。つか、てことは空のお母さんは最初っから、あれ?って思ってたってこと…だよな?」

「…うん、そういうこと、だよね」

 今思えば、母の発言や行動は、気付いてたんだろうな、っていうのがいっぱいあった。


 テーブルにのってる二つのトレイ。

 りっくんの大盛りカツカレーと、僕の普通のカレー。僕のにはりっくんがくれたカツが一切れのってる。

 そのお皿の中身の減り具合は、だいたい同じくらい。


 ほんとはりっくんは、大食いで早食いなんだって。


「いつかさ、ちゃんと言える日が来たらいいなって思ってたけど、まさかこんな早いとはな。びっくりした、マジで」

 グラスに手を伸ばしながら、片眉を歪めてりっくんが笑った。

「お母さんね、小学校の頃の話、してた。旅行の時。…だから、その積み重ねもあるから…かも」

「あー…、そう、なのか?つか小学校の時なんて、別に俺たいしたことしてねーだろ。むしろ転ばせてケガさせてっし」

 僕が一口食べるとりっくんも食べる、ていうペースでゆっくりとカレーが減っていく。


「うん、そうなんだけど 。僕が楽しそうだったって、お母さん言ってた。りっくんが卒業しちゃうまで。…だから…かな?」

「ふーん?」

 喋りながら食べても置いていかれないから、安心していられる。


「あ」

 椅子の背もたれとの間に置いてあるトートバッグの中で、スマホが震えた気がした。

「スマホ見てもいい?」

「ん?いいよ?なんで?」

 不思議そうな表情も格好いい。

「ご飯中に見たら怒られない?」

「あー…。聞いてない、つか、あんま親と同じ時間になんないから。冷蔵庫に入ってるからあっためてね、みたいな。だから空ん家でみんなで食事すんの、新鮮なんだよね」

 少し目を伏せて話すりっくんの口元が、ほんの少し淋しそうに笑ったように見えた。

 おうちがお店やってるって大変なんだ。考えたことなかった。


 ごそごそとトートバッグの中からスマホを出して見てみたら、母からのメッセージが入っていた。

 なんだろ。

 ポップアップに本文が出ないように設定してもらってるからアプリを開く。

ーー空、お母さんたちも映画に来たんだけど、満席だったから次の回にするから帰り遅くなります。鍵持ってなかったら、私たちが帰るまで律くんに付き合ってもらって。18時半過ぎには帰れると思いまーす。


「なんだった?」

「お母さんたち遅くなるから、鍵持ってなかったらりっくんといてって。まあ鍵は持ってるんだけど。18時半過ぎそうって」

「…へー…」

 アプリを閉じて、何気なくりっくんを見た。


 わ…っ


 なんだろう…すごい…、視線が熱い…っ

「空は、この後どっか行きたい所、ある?」

 テーブルの下で、とん、と膝を当てられた。

「あ…」

 その振動が波紋のように身体全体に伝わっていく。

 どくんと心臓が脈打った。


「…俺は、空ん家に行きたい」

 もう一回、りっくんの長い脚が僕の脚に当たる。

「嫌…?」

 ううん、って首を横に振った。

 りっくんの脚が触れている所から、体温が移ってくる。


 この体温を もっと感じたい

 

「じゃあ今日も食べたら帰ろっか」

 僕はうん、て頷いた。

 この前は参考書を買って、ランチの後りっくん家に行ってキスした。


 今日は、うちで…


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る